第52話
「兄上、こんなところに呼び出して何の用でしょうか? !! シャロア嬢、ようこそ城へ」
入ってきたのは王弟殿下、その人だった。彼は私達同様に何も教えられずにただここに来いと言われたのだろう。私達に気づくととても驚いていた。
「クリフォード、こっちに座れ。先ほどまでフラーヴァルの街がどうだったかを聞いていたのだ」
陛下が面白そうに話をすると王弟殿下は興味津々という感じで私達の話に耳を傾けた。
私はフラーヴァルの街で出会った人のことや使用人達の忠誠の高さ、どの人達も王弟殿下を褒め称えていたことを口にした。
すると王弟殿下は恥ずかしそうにしていたけれど、とても嬉しそうにしていた。
「シャロア嬢、直轄地に赴いてクリフォードの人徳を肌身で感じたと思う。儂からみても可愛い弟だ。どうか、クリフォードと婚約をお願いできないだろうか?」
陛下のその言葉にドキリとする。本来なら国王陛下の言葉に従うべきなのだけど、母は敢えて陛下に話をした。
「陛下、クリフォード王弟殿下との婚約を至極恐悦に存じます。ですが、何分娘は二度も婚約が無くなっており婚姻に対して臆病になっているのです。どうか優しく見守って頂きたく存じます」
母の言葉に気分を害した様子はない。むしろ私をとても心配してくれているようだ。
「……そうか。シャロア嬢、無理やり勧めて悪かったな。クリフォードがこれほど令嬢に好意を持っていたことが無かったから嬉しくて嬉しくて、つい、な。
シャロア嬢はクリフォードのことをどう思っているのだ?」
どやら執事や直轄地の人達もそうだけれど、陛下も王弟殿下のことを本人以上に喜んでいるようだ。当の本人は前回会った時同様に顔を真っ赤にさせている。
私はその様子を見てクスリと笑ってしまった。
「王弟殿下は良い方なのだと思います。誰からも慕われていて、街を発展させる手腕も素晴らしい。直接好意を示してくれることも嫌いではありません。
きっと王弟殿下のことを好きにならない理由はないと思います。ですが、母の言葉通り、私が婚約や婚姻に臆病になっているのも事実です。
婚約してもまた裏切られるのではないのだろうか、無効にされるのではないかと不安で足がすくんでしまうのです」
するとクリフォード殿下はバッと立ち上がり、私の前まで歩いて片膝をついた。
「どうか私を婚約者にしてほしい。絶対に後悔させることはないと誓う。
シャロア嬢に好きになってもらいたい。今もまだ偶に命を狙われているが、君が婚約者になってくれるのならたとえ兄の母だろうが王太后だろうがこの世から抹殺しても構わない」
「クリフォード王弟殿下……」
「シャロア嬢、私のことをクリフォードと呼んで欲しい」
「クリフォード様」
私が戸惑っていると、陛下が笑いながら話し掛けてきた。
「母上を抹殺か。それもいいだろう。歳を取るうちに害することしか出来なくなっているからな。まぁ、殺してしまえば周りが五月蠅い。ちょうどいい機会だ。母上は赤の離宮に住まわせよう。それなら問題なく全てを片づけられるからな」
後から聞いた話だが、王太后はクリフォード様の命を狙う他に気に入らない侍女や従者をクビにするだけでなく、全裸にした上で街に捨てるという鬼畜の所業と思える行いを平然としていたようだ。
当初、陛下は黙って揉み消してきたらしいが、被害者が増えるにつれ、揉み消しても消えない程の目撃者の数、そこから比例するように増えていく噂。
王家の信用問題として度々貴族会議の議題に上がるようになっていたのだとか。
王太后はこの他にも気に入らない貴族には領地を取り上げようと脅したりしていたようだ。
王太子の選出についてもクリフォード様を排除し、孫が王に選ばれるよう動いていた。
動く理由は極めて自分勝手で王子を使い、自分の資産を増やすためだ。
そのために馬鹿で御し易い王子を作り上げようとしていた。
エリアーナ王女と婚姻を勧めたのも王太后が行ったことらしい。
だが、陛下もみすみす黙ってはいなかった。
現在、王城内にいた王太后の息の掛った者を全て排除しており、王子達は一から教育をやり直しているらしい。
何故王太后の好き勝手が曲がり通っていたのかといえば、後ろ盾になっている公爵家の存在が大きい。
ちょうど一年前に王太后の兄である公爵が亡くなってから王家への影響力が薄まった。
新しく公爵になった息子の力はまだまだ弱く、その隙を突いて公爵家の息の掛った者を排除したのだ。
ここ最近、城は平穏になりつつあるようだ。
王太后が送られる赤の離宮と呼ばれる場所は城の周りに赤い薔薇が植えられていて、素晴らしい場所で有名だ。だが、外見とは違い、王族を幽閉するために建てられた場所のようで完全に外との交流を断つことが出来るようだ。
高齢で病の療養として王太后を離宮に押し込むとのこと。
「シャロア嬢、王都で使われていない貴族の邸が城の近くにある。そこを貸すので住むといい」
陛下はそう言って下さった。
「陛下、何故他国のしがない伯爵令嬢にそこまでしていただけるのでしょうか?」
母は陛下に質問をした。
「それは我が国としてもミローナの剣と繋がりがあると示しておきたいからな。本来なら繋がりは見せない方がいいのだが、今ミローナ国の情勢は一歩間違えば内戦に入りかねない。我が国に飛び火しては敵わぬからな」
内戦になりそうな状況?
私は不安になった。
短期間の間に何が起こったのだろうか?母は分かっているようで口を開くことはないようだ。
「シャロア嬢は我が国に来てからミローナ国の話は耳にしておらんようだな。夫人、話してもよいかの?」
「いずれ耳にするでしょうし、構いません」
母がそう言うと、陛下は私にミローナのここ最近の話をしてくれた。
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