第41話
「ジルド兄様、クレート兄様、お仕事は大丈夫なのですか?お姉様まで……」
「シャロア、何言っているのよ。我が家は馬車で一時間もしないのだからすぐに来れるに決まっているじゃない」
「そうだぞ? 俺達だってシャロアの体調が悪くなったと知らせがきてすぐに戻ってきたんだ。先ほど父上から話は聞いた。大丈夫なのか?」
どうやら私が一人で準備している間に家族は集まって会議をしていたようだ。私のことでみんなに心配をかけてしまっている。
泣きたくなる気持ちを抑えて何でもないようなふりをして分厚い肉を口に頬張る。
「ジルド兄様、私はもう大丈夫です。心配をお掛けしました」
「明日、旅立つのでしょう? 大丈夫なの?」
「お姉様、心配はいりませんわ。この二年私はずっと王都に居る方が少なかったくらい厳しい環境に身を置いていたのですよ?」
「そうだけれど……」
「大丈夫。今まで大きな休みを取ったことがなかったし、これを機に旅行するつもりです。海辺の街に行ってみたいなと思っているんですよ? 兄様は行ったことがありますか?」
クレート兄様が笑いながら口を開いた。
「俺はあるぞ。視察に付いていっただけだが。海はいいな。カモメが飛んでいて潮の香もあって波を眺めているだけでも落ち着いた気分になれる」
「そうね、少しゆっくりするといいわ! シャロアは働きすぎだったのよ。王家からたんまり慰謝料を貰ったのだから足を延ばして来なさい」
「お母様、そうですね。旅行を楽しみつつ、何処か騎士を募集している所を探しますね。急ぐ旅でもないので羽根を伸ばしてきます」
「ねぇ、ボルボロ。私も行っては駄目かしら? シャロアと旅行したいわ」
母の突拍子もない話に食事をしている父の手が止まる。
「こらこらクローディア、今は駄目だろう。私も新婚以来長い休みを取っていないからな。行きたい気持ちはわかるが」
「父上、良いではありませんか。旅行に出たら気分も晴れます。そうだ、病気療養という名目でシャロアが隣国へ渡り、母が付き添うのはどうでしょうか?」
「駄目だ、駄目だ。クローディアと離れるなんて私が嫌だ」
父のその言葉に母は微笑み、兄達は苦笑する。
「いいじゃない。私とシャロアは病気療養で旅行にちょっと出てくるわ。貴方はその間に全てのことを終わらせておいてね」
母の意見が一番強いようだ。
兄達もそれがいいと賛成してくれている。旅行しながら私が暮らせる場所が見つかるといいかな。騎士として働く事を考えるなら領主の住まう街を中心に歩くといいのかも。
「お母様、そうと決まれば療養先はどうするか決めねばなりません。すぐに執務室に向かいましょう」
「そうね。フローラのいう通りだわ! さぁ、食べてしまいましょう」
食事を始めた時とは違い、家族みんなが何処か安心したような柔らかな雰囲気に包まれた。父以外は。父は母と離れるのが相当嫌なようだ。私としては正直嬉しい。
一人で国を離れるより側に誰か居た方が心強い。けれど、家族を巻き込んでしまっていいのかという不安もある。
兄達は積まれた肉を片っ端から食べ進めていく。デザートも今日は料理長が私のために梨のコンポートを用意してくれた。私はこれが大好きで毎回無くなるまでおかわりをしていたの。
「後で料理長にお礼を言わないとね」
母は優しく私に話す。
その後、私達は執務室へと移動し、今後の予定を話し合うことにした。
「シャロア、海がある街へ行きたいんだろう?」
「えぇ、ジルド兄様。国内で一番端にあるサワン領伝いに行きたい所ですが、国内に長々と居れば出国拒否されかねません。ここから隣国に一番近いイタヴァロ領から出国した後、ゆっくり向かう方が良いと思っています」
「それが一番だな。王女のことだ。嫉妬に駆られてシャロア達に追手を向けるかもしれないしな。ここからイタヴァロ領に入り、隣国ダーウィルに出国するには最短で三日だ。母上もよろしいですか?」
「もちろん覚悟は出来ているわ? それにしても追手を向けるかもしれないなんてとんでもない女ね。これでまだ十六なのでしょう? 末恐ろしいわ」
「だから貴族達は今の間に抑えつけておこうとラダンを犠牲にしたんだよ。今は権力に物を言って好き放題しているが、侯爵家に嫁げばそれも無くなる」
「だからって私の可愛いシャロアが犠牲にされるなんて許されないわ。あいつらいつか目にものを見せてくれるわっ。ね? お父様」
クレート兄様の言葉に姉様が怒っている。
「まぁ、落ち着け。その辺の処理は兄さんがするから心配するな」
「絶対よ? ジルド兄。けちょんけちょんにしてよね?」
「けちょんけちょん、か。難しいな。こっちは粛々と手続きをするだけさ」
「さぁ、明日は早いわ。シャロアは旅の準備をしなければいけないもの。向こうで新しい家を決めなくちゃね」
「そうですね。旅を楽しんだ後、ダーウィルの王都や治安の良い所で住めると良いかなって思っています」
「シャロア、急がなくても良いからな? まずは旅を楽しんでおいで」
「はい、お父様」
そうして私は兄達よりも早くに部屋を出て明日の準備に取り掛かる。
一人で修行の旅に出ると思っていたので荷物は最低限しか詰めていないけれど、母と旅に出るのであれば馬車が使える。
もちろん護衛も侍女も一緒に来てくれるので安心して旅が出来るわ。旅をしながら自分の住む場所を決める。きっと母は新しい家の手配までしてくれるのだと思う。そこで母は帰国するのだろう。
全てを一人でしなければいけないという不安と緊張で心細かった。けれど家族が一緒にいてくれるだけで心強い。
母には感謝しかない。
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