第40話
母はと言うと、婚姻が無効になってから寝込んでいるようだ。
あの気丈な母を寝込ませてしまったことに後悔する。気が狂ったように暴れまわった事で更に心配をかけてしまった。
「お父様、決まったとなればすぐにでも家を出た方が良いですね。王家に私の行動を悟らせないためにも」
「……すまない」
「お父様は何も悪くありません。だから、もう、謝らないで下さい。そうと決まればすぐに旅の準備をしてきます。大丈夫です。私は騎士団でもよく盗賊狩りに出る勝気な娘なんですよ?」
「そ、そうだったな。お前は誰よりも強くてお転婆だったのを忘れていた」
「明日の早朝には旅立ちます。その前にお母様に挨拶してきますね」
「あぁ。クローディアに泣かれてしまうが、反対はしないだろう」
私は立ち上がり、母の寝室へと向かった。
「お母様、シャロアです」
「シャロアっ!? 入りなさい」
母の声で私は部屋に入る。何年ぶりだろう、母の寝室に入るのは。母の寝室は刺繍やレースが施されたベッドカバーやクッションに溢れており、年甲斐もなく可愛い部屋になっている。
母は婚約無効の話を聞いてから臥せってしまったと父が言っていた。
「お母様、体調はいかがですか?」
「私のことは大丈夫よ。それよりシャロア、貴女はどうなの?辛かったでしょう?」
母は自分の事のように涙を流しながら私のことを気遣ってくれる。
私は話さなくてはいけないと思い、母のベッドに腰かける。
「お母様、お父様から話がありましたか?」
「……あの下品な王女のことかしら?」
母は怒っている。
「王女が私を狙っていたこともそうですが、陛下が私に新たな婚約者を付けようとしていたことです」
「……昨日、ボルボアから聞いたわ。どれだけ我が家を馬鹿にすればいいのかしら。絶対シャロアのことを見下しているわよねっ! 有り得ないわっ! そんなもの無視したって構わないわ」
「お母様。私、先ほどお父様と話をしてきました。私がわがままを言えばこの家は成り立たなくなってしまいます。幸い伯爵家を継ぐのはお兄様ですし、私が居なくても問題ありません」
私の言葉に母は先ほどまで声を荒らげていたけれど、途端に震える。
「……ま、まさか、望まぬ相手と婚約を、する、つもりなの?」
「いえ、婚約者が決まる前に私はこの家を出ようと思っています」
「どういう事なのっ。家を出るって。シャロアは何も悪い事など一つもしていないのにっ」
母は気持ちを持て余しているように言葉が震えている。
母の気持ちが痛いほど伝わってくる。
「お母様、私、お父様に勘当して除籍をお願いしたのですがそれは駄目だと言われました」
「当たり前よ!! いくら騎士爵を持っていても愛する娘に変わりはないもの。国が滅びようが我が家が消滅しようが関係ないわ。私達は貴女を守り抜くと決めているもの」
母のゆるぎない言葉に涙が出てきて止まらない。
悲しい。
悲しい。
何故私がこんな選択をしなければいけないのだろうって。
「お母様、お父様と話をしたのです。私はこれから隣国へ修行の旅に出ることにしました。これなら私は除籍しなくてもいいし、婚約者を決められる頃には私はもうこの国にいませんもの」
「修行というのならもちろん帰ってくる、わよね?」
「……それは、わかりません。今、私がこの国に居れば陛下や王女様を恨んでしまう。きっと暴れてしまうと思うのです。今のところ帰るつもりはないです」
「そう、よね。私だって不敬を承知で文句の一つも言いたくなるもの。無理はないわ」
「はい。急に決めてしまって申し訳ありません。ですが、もう時間がないのです。明日の早朝にここを発つ予定です」
「早いのね」
「既に陛下から父に打診があったようなのです。私の病気が回復したと知ればすぐにでも婚約者を宛がうつもりだと思うのです」
「……後悔はないの?」
「国を離れることに後悔はありません。今は別れさせられたという思いが辛くて苦しいのです。現実逃避なのかもしれません。ラダン様のことも、王女様のことも、この国のことも今は考えたくないのです」
「そうよね。なら、今晩は家族みんなで食事をしましょう? あと、こまめに連絡を送りなさい。ボルボアも私も心配なの」
「もちろんです」
母は覚悟を決めたのかベッドから出て侍女に兄と姉に家に帰ってくるように指示をする。あと、料理長にも今日の料理は私の好物を出す様にと。
「さぁ、私もいつまでも寝込んでいられないわ。シャロア、私は少し用事を済ませてくるわね。夕飯までには戻るわ」
「はい、お母様。私も旅の準備をしてきます」
こうして私は自分の部屋へ戻り、旅の準備をする。
普通の令嬢では市井で暮らすことは不可能だと思う。私は王都を出て村や小さな街など様々な所に平民と変わらず出掛けていたし、野宿もしていたから生活することは出来ると思う。
ただ、隣国に行くまでの間、治安がもしかしたら悪いかもしれない。
荷物は最低限のもの。そして男物の服とブーツ。そしてローブと仮面も必要となる。もちろん私は一式持っているので準備はすぐに整った。
「お嬢様、晩餐の準備が整いました」
準備や家を出てからどうするかを考えている間に時間が経っていたようだ。私が食堂に着くと、家族は既に席に着いていた。
「遅くなりました」
「私達も今来たところよ」
家族は無理に笑顔を顔に張り付けているみたい。
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