第39話

部屋が静かなので侍女がそっと部屋を覗きに来た。


「お、お嬢様!?大丈夫ですか!?」


私の様子を見た侍女は慌てて私の手を取った。どうやら私が自殺しようと思ったようだ。その様子にクスリと笑う。


「マーサ、大丈夫。ごめんね、心配かけて。私はもう大丈夫よ。今日はお父様はいるかしら?」

「旦那様は執務室におられます」

「そう、なら父に話をするわ」


私は侍女のマーサに傷の手当してもらった後、ワンピースを着て父の執務室に向かった。


「お父様、シャロアです」

「シャロア!」


父は私の姿を見て立ち上がりギュッと抱きしめてくれた。


「お、お父様……。心配をかけてごめんなさい。私は、もう、大丈夫です」

「……そうか。辛い思いをさせてすまなかった」

「お父様、お話があります」

「あ、あぁ。まぁ、座ろうか」


私はソファに座ると、父は横に座った。


「話とは何だい?」


いつも父は厳格な話し方だけれど、とても優しく話を聞いてくれている。


「ラダン様との婚約は無効になったのですよね? 私ももうすぐ二十一ですし、もう立派な行き遅れの令嬢ですわ。ラダン様との婚約が無ければ騎士として一人で生きていこうと思っていましたが、騎士団も辞めているし、あの人達に仕えたいとも思わないのです」

「そうだな」

「だから、貴族を辞めて修道女として過ごしていきたいと考えたのです」


私がそう言うと、父はクシャリと顔を歪ませた。


「すまない、シャロア。お前を追い詰めてしまった。お前がそう言うと思ったようで修道院へ入ることを王家は阻止してきたのだ。つまり、お前は修道女にはなれない」

「……どういう事ですか?」


「シャロア、よく聞きなさい。お前とラダン君はとても仲が良く、騎士団でも有名だった。それはリンデル侯爵家と親交のある貴族達も良く知っている。

グレイス夫人が自慢して回っていたようだったからな。王家はそんな愛し合う二人の仲を引き裂いてシャロアを修道院に押し込んだと言われたくないそうだ」

「……つまり、私は無理やり何処かへ嫁がされるのですか?」


王家は自分たちの体面を保つために私に自由すら与えるつもりはないのか。


この思い、腹立たしく、苦しくて、全てを恨みたくなる。


暴れてしまいたい。


「陛下はそのつもりだったようだ。婚約無効の話を聞いた後、今、娘は病に伏していると言ってその話をうやむやにしている。私はシャロアが望まない結婚をさせるつもりはない。シャロア、お前はどうしたい?」


父が私に与えてくれた選択。


私は……。


「お父様、私のわがままで王家に楯突く意思があると判断されてはいけません。私は、私を除籍し、勘当して下さい」

「出来ない、それは出来ない。シャロアは何一つ悪い事などしていないんだ。悪いのはあの王女とそれを許す陛下だ」


「では私はこの家を出ます。隣国へ向かいます。私が修行の旅に出れば良いのです。陛下が私を無理やり嫁がせようとしていても私は国には居ないのですから。

そうすれば我が家は王家から小言を言われるだけで済みます。それにラダン様と会う事もありません。エリアーナ様が私を狙うことも無くなるでしょう?」


「……シャロア、お前は知っていたのか」

「えぇ。随分前に兄様から聞かされていました。ラダン様が私に会わなくなったのは私を守るためなのでしょう?」

「……」


父は私の言葉に涙を流している。ラダン様を好きでいる気持ちがまだジクジクと痛み始める。

これ以上自分の思いを口にすればまた悔しくて悲しくて誰かに八つ当たりしたくなる。


「幸いなことに私はずっと騎士として長年やってきました。腕には自信があるんです。どこかの貴族の護衛になりますわ」


強がりを言っているのは分かっている。

泣きそうになるのを無理やり微笑む私。


手当された手は震えていたと思う。


結局、父は反対しなかった。自分の思うようにしなさいと。けれど、定期的に連絡はするように言われたわ。

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