第38話

「お父様、お呼びですか?」

「あぁ、シャロア。まぁ、そこに座れ」


父はどことなく疲れているのか憮然そうな顔で短く私に指示をする。もちろん部屋には執事と母もいる。


「まぁ、それで、だ。回りくどい話は聞いても意味がないだろうから単刀直入に言う。王命によりラダン・リンデル侯爵子息との婚約は無効になった」


父の言葉に空気がピタリと止まった気がした。誰もが微動だにせず。私も父が何を言っているのか一瞬分からなかった。


「お、お父様? もう一度聞いても?」

「……シャロアとラダン君の婚約が無効になった。王命でな」


頭を鈍器で殴られたような気がした。気丈な母は持っていた扇子を叩き割っている。


「詳しく、聞いても良いですか?」

「あぁ。気分は悪くなるぞ?」


父はそう言って私に話を聞かせてくれた。王女は誕生祭でラダン様を一目で気に入り、側に置きたいと周囲に漏らしていたようだ。


けれど彼は第二騎士団の副団長。

誕生祭が終われば元の任務に戻るので会う機会は無くなったように思えた。が、そこから王女は事あるごとにラダン様を呼びつけてお茶をしたり、街に出掛けるから付いてきて欲しいと命令し、彼を連れまわした。


ラダン様が副団長の任務に支障をきたすことが増え、騎士団を退団したいと希望を出したそうだ。

我が家とは違って侯爵領からの収入で成り立っていけるため退団に問題ないように思われたのだが、王女としてはラダン様と会えなくなるのを嫌がり、退団届けを受理しないよう陛下に進言した。


その上でラダン様と結婚したいと言ったのだとか。結婚出来るのならずっと一緒にいた令息達を切り捨てても構わないと。


後ろで護衛をしていた父はエリアーナ様が王女でなければ切り捨てていたと言っていた。


陛下にわがままを言った後、王女は隠すことなく人前でラダン様にわざと抱きついたり、お茶を一緒に飲むように命令し、従わせていた。

もちろん王女がラダン様と一緒に居る事が増えるにつれ、貴族達は気づいてくる。


陛下は王女を猫可愛がりしており、王女の希望通りラダン様の退団届けを不受理にしたのだとか。


王女の奇行とも取れる行動は隣国にも伝わり、身持ちの悪い王女と言われ婚約の話はなかったことにされた。


もちろん父は事あるごとに陛下に進言していた。『ラダン君の婚約者は私の娘だ。王女ではありません。王女をこれ以上近づけないでいただきたい』と。


長年陛下の護衛をしていた父の進言に陛下は耳を傾けてくれていたようだが、他の貴族はそうはいかなかった。


隣国の王子との婚約が無くなった王女。自国で婚約者を探すしかない。


王女の婚約者を選定する会議が開かれたが、王女の行いを知っている貴族達は自分の息子を出したくない。

王女は今、ラダン・リンデル侯爵子息を気に入っているようだ。そうだ、彼に押し付けてしまえ、となったようだ。


もちろん父やリンデル侯爵は大いに反対した。うちを犠牲にするのかと。


貴族達は自分たちの身の可愛さに私達を売ったようだ。王女の日頃の行いはそれほど悪いのだ。


誰もが避けて通る王女との婚姻。


私はその話を聞いて涙が止まらなかったし、貴族でいることに嫌気がさした。


恨みたい気持ちで一杯になる。


何故私が犠牲にならなければいけないの?


私はただラダン様と生涯を共に過ごしたい。


彼となら支え合えると信じていたのに。



その後、父とリンデル侯爵は陛下に呼ばれて話し合いが持たれたらしい。もちろん王命という名の強制だが。

王命を出されては父も侯爵も文句は言えない。従うしかない。


そうして父も侯爵も釈然としない気持ちをお互い抱えながら邸に戻ってきたという。


本来婚約や婚約破棄にはお互い顔を合わせて書類にサインをするのだが、王命で婚約を無効にされてしまったので書類にサインは必要ないようだ。






私の記憶はそこから数日間曖昧になった。


悲しくて涙が出て自室で暴れては疲れ、床で寝てまた暴れては眠りにつくことをしていた。


気が付いた時には部屋が廃墟といっても可笑しくないほど全ての物が壊されて、手は傷だらけになっていた。


……駄目ね、こんなに取り乱してしまうほど私は弱かったのね。


自分の手を見ながらまた涙が出る。


もう、嫌だ。全てを捨てたい。


騎士爵を持っているとはいえ、人の婚約を平気で壊すような人達に仕えたくない。

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