第37話
それから半月した後、私はいつもと変わらずに夫人教育のために侯爵家へと向かった。
それまでの間、結婚が早まるということもなく、何も変わることはなかった。
ただ、ラダン様とあの日以降一度も会う事が出来なかった事が不安でしかたがないというだけで……。
毎日泣きたくなる気持ちに蓋をし、自分の出来ることを頑張るしかない。
「……シャロアちゃん!!!」
侯爵家の玄関ホールに居たグレイス夫人は泣きながら私を待っていたようだった。私が扉を開けるとすぐに駆け寄ってきた。
「お義母様、どう、されたのですか?」
嫌な予感が胸を過る。
「い、今。王宮から夫へ登城要請が来たの。王女様の事で話があると……。話の内容によっては忙しくなるわ。今日はもう帰ってもらえないかしら。当分婦人教育はお休み、ね。また、詳しい事が分かったら連絡するわ。……ごめんなさい、ね」
まさか、もしかして、嘘だ。王宮に召喚する程の何かがあるというのはやはりそうなのか。父達は止める事が出来なかったのか。
夫人は涙で言葉にならない様子だったけれど、私と同様に侯爵やラダン様から王女の話を聞かされていたのかもしれない。
そして城からの呼び出し。
「グレイスお義母様、わ、かりました」
きっと私の顔は酷いことになっていたのだと思う。
なんとか絞り出した声でそのまま夫人に挨拶をした後、踵を返し待機していた馬車に乗り込む。怖い。
この先に待ち受ける未来が兄様の言っていたような事態になってしまうのか。でも、確認しなければいけない。
馬車はすぐに我が家に舞い戻った。
行ったと思ったらすぐに帰ってきた馬車に執事はすぐに気づき、私を出迎えてくれる。
「お嬢様、顔色が悪いようです。すぐに部屋に戻りましょう」
「いえ、お父様は今日は仕事よね? お母様をサロンに呼んでちょうだい。場合によってはお父様が帰ってくると思うの」
私の言葉に執事は事態を察したようですぐに母を呼んできますと玄関ホールから去っていった。
私はそのままその足でサロンへ入り、支離滅裂になりそうな思考を落ち着かせようと用意された茶器でお茶を淹れる。
お茶を淹れながらふと思い出す。このお茶の淹れ方はグレイス夫人から教わったものだったわ。
もちろん私だって幼い頃から淑女教育を受けているのでお茶の基本的な淹れ方は分かっているのよ? けれど、侯爵家に嫁ぐということはその家のしきたりに合わせた淹れ方を覚えるもの。
リンデル侯爵家は夫人がよくお茶会をするため、マナーなどは我が家よりも断然厳しい。我が家は騎士だからその辺は他家よりかは緩いのかもしれない。
茶葉を蒸らし、香りを引き立たせた後、カップへ注ぐ。
「上手に淹れられたわ」
ソファに座り、心を落ち着かせようとお茶を香っていると、母が執事と共にサロンへと入ってきた。
「シャロア、今日は早く帰ってきたのね? グレイス夫人は病気なのかしら?」
母はそう言いながら私の向かいに座り、ティーポットから自分のカップへ注ぎ香りや味を確かめている。
「美味しいわ。さすがリンデル侯爵家直伝ね。で、話とは何かしら?」
「お母様、今日リンデル侯爵が城に朝から召喚命令がきたようです」
私は母の目を見ながら狼狽えることなく口にする。
本当はすぐにでもラダン様の所へ駆けていきたい。真相を知りたいと思う。
言葉とは裏腹にカップが震えてしまう。
母は私の言葉に一瞬目を見開いた後、何かを考えている。
「……お母様?」
「えっと、そうね。もし、婚約破棄にでもなるのならボルボアは必ず帰ってくるわ。とにかく今、状況が分からないから下手に動くことはできないのは分かるでしょう?
彼に知らせを出しておくから今は動かないの、動いてはいけないの。
侯爵家からも連絡すると言われたのでしょう?」
「はい。ですがっ」
「……シャロア、知らせが来るまで中庭で鍛錬をしていなさい。今は何も考えてはいけないわ」
「……わかりました」
私は息を一つ吐いた後、残ったお茶を一気に飲み干して立ち上がる。
今は母の言う事がもっともだと思うから。しばらくしていなかった鍛錬をすれば不安も消えるかもしれない。
「大丈夫よ。連絡が来たらすぐに知らせるわ」
母は微笑みながら手をひらひらさせて言った。
自室に戻った私は久しぶりに訓練服に着替えて重い木剣を持って中庭に出た。
まずは軽く柔軟体操をした後、走り込みをする。最近運動を全くしていなかったせいかすぐに息が上がることに気づいた。
やはり怠けてはいけないわね。これからは少しの時間でも毎日運動を取り入れなくちゃね。
私は木剣を持ち素振りを始める。ここでもやはり腕力は相当落ちているのに気が付いた。これでは敵が来た時に躱せないし、反撃も遅くなる。
自分の弱い部分を確認しながら鍛錬をしていると、執事が私を呼びに来た。
「お嬢様、ボルボア様が執務室へ来るようにお呼びです」
「……わかったわ」
私はタオルで汗を拭った後、ワンピースに着替えて父の居る執務室へと足を運んだ。父はいつの間に家に帰ってきたのだろう。父の帰宅で不安が押し寄せてくる。
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