第32話
ラダン様に会うことが何故か叶わない日が続いていて少し心配になってきた。彼と会う事がないまま二週間が経った頃、私は痺れを切らして夫人に聞いてみた。
「グレイス夫人、最近ラダン様と会っていないのです。仕事が忙しいのでしょうか?」
「……そうね。夜遅くには帰ってきているのよ?一応。とても疲れているみたい。婚約者のためにしっかり休みを取るように私からも言っておくわ」
どうやら夫人もラダン様の仕事が急に忙しくなったことを心配しているようだった。
誕生祭が終わった今、警備は落ち着くはずなのだけれど、王宮で一体何がおこっているのだろう?
この日、私は夕食時に兄に話を聞いてみることにしたの。もちろん第一騎士団である家族はローテーションで仕事をしているため家族全員が一同に揃って食事を摂ることは少ないのだけれど、必ず誰かは家にいるようにしているわ。
因みに兄は女っ気が全くないので母がヤキモキしているわ。自由恋愛主義な我が家だけれど、母と姉の中でそろそろ強制的にお見合いさせようという話が出ているのだ。
まぁ、自由に遊び周っている兄達は姉様にお灸を据えられればいいわ。話はそれてしまったが……。
いつものように家族で食卓を囲んでいる時に聞いてみた。
「ジルド兄様、今、王宮で何が起こっているの?」
「ん?何が起こっているとは??」
兄は肉を頬張りながら私の言葉に反応するがいまいち反応は鈍い。母は食べながら返事をしている兄を叱る。
「いえ、陛下の誕生祭が終わればいつもなら平穏な毎日に戻ると思うのだけど、ラダン様はずっと仕事に追われているようだと聞いたのです」
私の言葉に兄ジルドは何か知っているようで一瞬表情が変わった気がした。
「シャロア、後で執務室へ来い。母上も同席をお願いできますか?」
「わかったわ」
兄の言葉に母は何かを察したのかそこからの会話は変わり今日のことを話して食事を終えることになった。
兄が執務室へ私を呼ぶということは何かあるという事よね。
ドキドキしながら私は食後すぐに執務室に入った。もちろん母も一緒に入る。兄はソファにドカリと座り、執事にお茶を淹れる様に指示をした。
「兄様、執務室で話すこととは一体何かしら?」
「あぁ、とりあえず座れ。話が漏れると困るからな」
兄はお茶で喉を潤した後、口を開いた。
「シャロアは俺達第一騎士団の仕事はよく分かっているだろう? 王族に関わるから守秘義務が課せられる。まぁ、そうは言ってもザルだがな。侍女や従者だって同じようなもんだ。で、本題だ。ラダン君が忙しい理由、それはエリアーナ王女のせいだ」
「王女様のせい、ですか?」
「あぁ、お前も見ただろう? 誕生祭の式典の時、ラダン君はエリアーナ王女の担当だった。どうやらエリアーナ王女はラダン君を気に入ったらしいんだ」
確かあの時、王女様はラダン様の腕にしがみつくように歩いていたわ。あぁ、彼女はラダン様のことを好きになってしまったのね。
「ということはラダン様を呼びつけているのですか?」
「陛下にラダン君を専属の護衛騎士にしたいとわがままを言っているようなんだ。陛下からの返事はまだだが王女は事あるごとにラダン君を呼び出し連れまわしている」
「……それは、あまり良くないですね。噂が立ってもおかしくないわ」
ここで母が口を開いた。
「ダイアンの件もあるのだからこれ以上シャロアの周辺で噂が立つのは困るわ。結婚も控えているのだし、なんとかならないのかしら?」
「母上、今、ラダン君を王女から引き離す様に父上は陛下に進言しているのです。ただ、王女自身のこともあるので芳しくないのです」
王女自身のこと?
私は漏れ聞こえてくる王女の事で噂になるようなことは耳にしたことがない。
「王女自身の問題とは何なのですか?」
「……シャロア、エリアーナ王女は今年十六歳だ。何故王族であるのに婚約者が居ないと思う?」
兄の言葉に息を飲む。
基本的に王族は早いうちから婚約者が決められているのは当たり前だ。嫁ぎ先や婿入り先の家の状況を事前に調査し、家柄、派閥、外交面に影響を与えないかなど、様々な事が考えられるためこの歳になっても王女に婚約者が居ない方が可笑しいといえばおかしいのだ。
「何か理由があるのでしょうか?」
「あぁ、一言でいえばエリアーナ王女はわがままなんだ。言う事を聞かない侍女達を首にするのは当たり前。
お茶会で気に入らなかった令嬢の馬車に細工を指示して事故を起こさせたりと危険極まりない。そのことを知っている同年代の令息達は王女を嫁に迎えたくないからな」
「それはわがままという範疇にないのではないのかしら?立派な犯罪よね?」
母が厳しい口調で兄に問う。
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