第31話
「おかえりなさい。お疲れ様」
今日は珍しく母が玄関で迎えてくれていた。
「ただいまお母様。お父様達はまだ仕事ですよね?」
「えぇ、ジルドは夜の護衛だと言っていたから今日は帰らないかもしれないわね。シャロアも明日から侯爵家に勉強しにいくのですから今日はゆっくり休みなさい」
「はい」
そうして私は早いうちに部屋で休むことになった。明日から侯爵家に通うの。地方貴族であれば通うことが難しく、相手の家に住みながら結婚まで家のしきたりや領地の勉強することになるわ。
「お母様、では行ってまいります」
「気を付けてね」
翌日の午前中に私は馬車でリンデル侯爵家に向かう。もう騎士を引退しているので騎士服を着る事は出来ないし、夫人の勉強をするためにドレスやワンピースでなければね。
「グレイス夫人、ごきげんよう」
「シャロアちゃん、こっちこっち」
私はグレイス夫人の手招きに笑顔で応える。今日は中庭のガゼボのようだ。
「グレイス夫人、今日は素敵なガゼボで何をされているのですか?」
「いい香りでしょう? ちょうど今花が見頃になっているからここで刺繍をしていたの。シャロアちゃんもどう? ラダンにハンカチをまだ渡していないのでしょう?」
「そう言われてみれば。家紋がいいでしょうか?」
「そうねぇ。家紋の他にシャロアちゃんがラダンに送りたい柄もいくつか作るといいわ。あの子はシャロアちゃんから貰う物全部喜びそうだけどね」
私は夫人に習いながら侯爵家の家紋をハンカチに刺繍していく。実はこの時間も私は結構好きなのよね。夫人と雑談しながら家のことを教えてもらうの。
夫人はとても博識で話をしていてとても楽しい。
私の義母がグレイス夫人で良かったなと本当に思う。家紋を刺繍した後は定番の獅子の刺繍や剣を刺繍したわ。あと、一枚だけラダン副団長がくれた猫のぬいぐるみの刺繍をしてみたの。
夫人はぬいぐるみの刺繍を見ながら微笑んで『毎日そのハンカチを持たせるといいわ』と言っていた。
私から見ても彼には似つかわしくないほど可愛く仕上がってしまったわ。もちろん刺繍だけが教育ではなく侯爵家で開く茶会やそのマナーを翌日は習うことになった。
刺繍の時とは違い、夫人はとても厳しく私を指導する。貴族を相手にするので一つ間違えば大事になりかねないからだ。
毎日侯爵家へ勉強しに行く私。
ある日のこと。
「シャロアちゃん、今度侯爵家でお茶会を開く予定なの。是非参加してちょうだい」
「自信が持てるほどのマナーが完璧ではないので不安ですが、頑張ります」
「ふふっ、そう畏まらなくていいのよ? 今回のお茶会は特に仲の良いお友達を呼ぶだけのお茶会なので厳しいことは言われないわ」
「グレイス夫人のお友達。今から緊張します」
「大丈夫、大丈夫。あぁ、でも当日、私はシャロアさんって呼ぶからシャロアちゃんはお義母様って呼んでね」
「もちろんです!」
それからグレイス夫人と当日のドレスやお茶に合うお菓子を考えて料理長と相談して決めていった。
我が家でもお茶会は少ないがたまにある。だが、全て母が仕切っているので私は詳しいことを知らなかったのよね。こうして一から教えてもらう事でまた一つ勉強になった。
迎えたお茶会当日。
「ようこそ、リンデル侯爵家へ」
「グレイス、お久しぶり。元気にしていたかしら?そちらのお嬢さんが噂の?」
「えぇ、そうよ。彼女がシャロア・エレゲン伯爵令嬢。私の義娘になる予定のご令嬢よ?まぁ、とにかく座って」
どうやら夫人は友人達に私のことを話していたみたい。今日の参加者は上位貴族の方々ばかり。けれど夫人のお友達と言う事もあってどの方も素敵な人達だったわ。
とても博識でいつも剣を振り回している私とは大違い。夫人たちは最近の流行や領地の話をしていたわ。
恥ずかし気も無く、と笑われてしまうかもしれないけれど、一杯聞いて教えてもらった。
やはり長年領地を治める生活しているせいか天候や流行などに敏感だと思う。
「グレイス、シャロア嬢が義娘になるなんて幸せね。侯爵家も安泰だわ」
「そうでしょう? ラダンが結婚することを諦めていたから婚約したい人がいると聞いて驚いたの。息子は人を見る目があったのだとちょっとホッとしたわ」
私達は和やかにお茶を飲んだ後、ごきげんようと夫人達は帰っていった。
「お義母様、今日は呼んでいただきありがとうございました。色々と勉強になりました。皆様とても博識で素晴らしい方ばかりでした」
「ふふっ、そうね。シャロアちゃんをみんなに自慢出来て良かったわ。結婚式までもう少しね。待ち遠しいわ」
「私も早くお義母様の足を引っ張らないよう勉強を頑張ります」
「嬉しいわ」
夫人の開いたお茶会は無事に終える事が出来てホッとする私。
翌日からまた夫人勉強に取り組む毎日。
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