第11話 第一位は両手に花

「で、わざわざ集まる必要なんてあったのかなあ。」

 朱雀大路が彼の部屋でため息交じりにそう言った。

「東市にも西市にも俺が教えることなんてないじゃないか。」

 その言葉はローテーブルを挟んで彼の正面に並んで座っている二人に向けられたものだった。朱雀大路含め彼ら三人は「勉強会」という名目で集まったが、全く会話することなくそれぞれが黙々と勉強を進めていた。それもそのはず、彼らは全員、成績上位者であるからだ。

「そうね。確かに私にはあなたに教えてもらう必要はない。隣にいるお馬鹿さんとは違って。」

「『お馬鹿さん』ってなによ、『お馬鹿さん』って!東市、あ、あんた、最近成績がいいからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」

 西市が涙目で抗議する。

「ま、まあ、二人とも、仲よくしようよ……」

「あなたがそう言うなら、分かった。」「律君が言うなら、仕方ないわね……」

 彼女らは朱雀大路には従順である。

「それでいくつか聞きたいんだけど……」

「何かしら。」

「模試の前に勉強会ってどういうことなの?模試って事前に対策するものなの?普段の実力を知るためのものじゃないの?俺、毎回模試の前でも普段通りの勉強しかしてないよ。」

「それは私も同じ。模試の前に勉強会をやる必要はない。」

「なら、どうして……」 

 そう言われた東市は、朱雀大路が座っているところまでぬるぬると動いていき、体をすり寄せるようにして耳元で囁く。無機質な抑揚でありながら、温かい声で。

「決まっているじゃない。あなたと一緒にいるための、コ・ウ・ジ・ツ。一人邪魔が入ってしまったけど。」

「ちょっ、だ、だめ、それ、やめて……」

 彼の顔は窓から差す夕陽よりも赤く染まっていた。

「あら、かわいい。」

 その様子を見ていた西市は黙っていなかった。

「な、なにやってるの、待ちなさいよ!」

 素早く移動して、彼の腕をぐいぐい引っ張る。

「律君、こんな女に誘惑されちゃダメだからっ!――はわっ!」

 強く引っ張られてバランスを崩した朱雀大路が、西市の胸に倒れこんだ。彼の顔に、この世界のすべてを包容するかのような、壮大で優しく、やわらかな感触が伝わってくる。すぐに離れようとしたが、西市がわざと彼の頭を抱きかかえて自分の胸に押し付けるので、それはかなわなかった。

「ああ、律君、そんなに激しくしちゃ、だめえ~。」

 東市は表情こそあまり変わらないものの、静かな怒りを見せた。

「ちょっと、襲うなら私にしなさい。」

 朱雀大路の背中にしがみつき、西市から彼を引きはがそうとした。今度は彼の背中に、つつましやかながらも懸命に存在を主張する、可愛らしいやわらかさが触れる。

 

「ふ、二人とも、いい加減にしろーっ!」


 ――「もう、律君は。そんなに怒らなくてもいいのにっ。」

「二人とも、やり過ぎだ。俺は勉強してるんだから、邪魔しないでくれよ。」

 朱雀大路の話を聞いているのか、いないのか、東市は先ほどよりも地平線に近づいた太陽を、部屋の窓からぼんやりと見つめながら口を開く。

「けれど、こうしてみんなで勉強をしていると、で集まったあの日々を思い出すわね。」

「ん?――ああ、そうだね。中学の時は俺たち三人と、あとの二人を合わせて『浄中じょうちゅうの五騎士』なんて、名乗ってたね。」

 昔を懐かしむ表情で、朱雀大路が語る。

「ふふ、今思うとなかなか変なネーミングセンスよね。たしかが考えたんだっけ。」

「そうだったね。あの頃はも、ずいぶん生き生きとしていたよなあ。」

 そばで会話を聞いていた西市は顔を曇らせた。ただそれは朱雀大路と会話を弾ませる東市に嫉妬したからというわけではない。どうやら彼女は、その当時の経験をあまりよく思ってはいないようだ。

「あら、ごめんなさい。私たちはあまり多くを知らないけれど、あなたにとっては傷つくことも多かった思い出だったわね。」

「ああ、そうだったね。俺もいろいろ喋って、すまなかった。」

 西市の薄暗い表情に気づいた二人が謝る。

「な、なによっ、急にそんなしおらしくなって。べ、別にいいわよ。気にしてなんかないわ。全然大丈夫って言ったら、嘘になるけど……それに、悲しい経験をしたのは、あなたたちも同じでしょ。」

「そうね。私はあの日々を単なる美しい思い出として語ることはできない。」

「そうだね。俺もそう思う。でも、あの時があったから、今の俺たちがいる。」

 東市と朱雀大路はアルバムをめくるような感覚で思いを馳せる。

「ま、まあ、そうね。私も、あの思い出には、半分くらい好きなところがあるかな。」

 西市はそう言った。繊細でほろ苦い、ビターチョコレートの味を語るように。

 

「も、もう、センチな気分になってるんじゃないわよっ!ほら、勉強再開!」

 

 彼らに言ったのか、それとも自分に言い聞かせたのか……切なさをかき消そうとするその声が、オレンジ色に温かい小さな部屋に響いた。

   

 

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