第10話 ???
物心ついた時から、私は他人の心の中を覗くことができるようになっていた。大げさに言っているわけじゃないよ。遠目で見ただけならぼんやりと、相手と正面から向き合えばはっきりと、その人の考えていることがわかるんだ。そういう体質みたい。
相手の気持ちが読み取れるなら全てがうまくいくと、そう思っていた。
けれど、実際はそうじゃなかった。
私の前では、建前も、粉飾も、嘘も、全て通用しない。それらは時に人が自らを守るために使うもの。私はそれを見抜いて、壊してしまうことができる。相手の心を読むということとは、そういうことだ。
それが原因で、小学生の時に友達を傷つけてしまった。その子は私とは別の中学校に進み、離れ離れになってしまった。
中学では二度と同じ過ちを繰り返さないと心に決めた。
私は極力人と関わらないようにして過ごした。
いつも教室の隅で本を読んでいた。いてもいなくても気づかれないような、そんな人間を演じていた。
ある日を境にして、次第にクラスメイトの感情が、私に対する嫌悪に変わっていくのが分かった。
最初は数人、日を経るごとにその人数が増えていった。
私はいじめを受けるようになった。
中学生の間では、ほんの些細なきっかけで、大した目的もなく、ただ嫌がらせをするのが面白いからだとか、何となくその人のことが気に入らないからだとか、そういったくだらないことが理由でいじめが始まることが多い。
当初は彼らのことを無視していたが、それをいいことに日に日にいじめの内容がエスカレートしていった。担任はいじめが起こっていることを知らないふりをしていた。ただでさえ他人の感情を受け取ることによる精神面の負担があるにも関わらず、それに加えていじめを受けていた私は耐えられなくなり、ある時から彼らが裏で仲間に抱いている負の感情、そして担任が持つ生徒たちそれぞれへの嫌悪を読み取って、それを紙に書きなぐってどうにか自分を保っていた。彼らは表では仲が良さそうに見えるが、実際は私に敵意を向けて団結しているだけの関係。担任も私だけでなく他の生徒に対しても否定的な感情を持っている。いじめにあったのが私でなくとも、彼はその人を切り捨てていただろう。所詮人間関係とはそういうものだ。そう思うと少しは気が楽だった。
ある日、昼休みに担任が教室に忘れていったノートを生徒が盗み見し、そこに生徒たちひとりひとりへの悪口が書いてあることが判明したらしい。「らしい」というのは、当時私が風邪で学校を休んでいて現場にいなかったからだ。その時運悪く、私のロッカーが漁られ、私が書き溜めたあの紙が、見つかった。
「○○はブスのくせにかわいい子ぶっていて、正直キツイ」
「△△はクラスで人気のポジションにいると思い込んでいる、イタイ勘違い女」
「○○は自意識過剰気味。面倒くさい生徒。」
「△△は頭が悪い上に授業中うるさい。目障り。」
皆の心の声が晒されてしまった。担任がノートに書いた悪口と、私が心を読んで書いた内容がほとんど一致していたから、あの紙に書かれたことが正しいと判断できた。それが担任と生徒、そして生徒同士の信頼が揺らぐきっかけとなり、学級崩壊が始まった。
数日後、体調が回復し学校に行くと、クラスメイト達はもはや私に対して何の関心も抱いてなかった。彼らは互いに不信感を募らせ、敵意を向けあっていた。教室は地獄のような空間だった。担任は心身の不調という名目で休職という形式を取って逃げた。問題となったあの紙については、掲示板サイトに投稿されていた悪口を書き写したということで処理された。
私はどうすればよかったのかわからなくなった。そして自分を嫌いになった。人と関わったときも、一人でいたときも、たくさんの人を悲しませた。
中学の同級生と顔を合わせたくなかったから、遠く離れた高校に進学した。
そこで小学校のときに別れてしまった友達と再会した。
いくらか心が救われたような気がした。またあの時のように話したかった。けれど私は、彼女の友人と同姓同名なだけで赤の他人だと、嘘をついた。そうしなければ、またあの時と同じように接してしまえば、もう一度失ってしまうと思ったから。
高校生になってからは、「どこにでもいるような明るい女の子」 を演じるようにした。好きな小説に出てくる主人公をお手本にした。ようやく上手に人と関われるようになった。誰も傷つけないし悲しませない。ある程度充実した日々を送っていた。けれど、嘘をつき続けることは辛かった。無難な性格を演じて、他の人とは近すぎず、遠すぎずの距離を保つ。だから私は、皆と仲良しだけど、特別に親しい人はいない。ちょっと寂しい。
――そんな時に、君を見かけた。
君を見かけたとき、ほかの人と違ってなぜか君の感情は読み取れなかった。心を閉ざしていて、誰にもそれを開こうとしない、そんな感じがした。なんだか私に似ているな。
私の力が通じない君となら、私は普通の人と同じように、本音で接して、ずっと仲良くやっていけるかな。
君に近づけるように、精一杯努力した。この学校にギリギリで入った私だけど、ずっと頑張って、君のすぐ後ろまで追いついた。国語だけなんだけどね。それでも、君は認めてくれた。
君は私に会うと、面倒くさそうにするよね。でも、私が隣にいるのを許してくれる。どうしてだろう。君はどう思っているのかな。わからないな。だから、ドキドキする。楽しいな。毎日が明るいよ。人と関わるって、こういうことだったんだ。
でも、なんだか最近、君の心の中が少しずつ見えるようになってきた。私を受け入れてくれているのかな。それはとてもうれしいけど、すっごくうれしいけど、だめだよ……。
だから私は何日か君と会わないようにして、君との距離をリセットしようとした。
だけどそれは失敗した。
聞いてないよ。そんなの。
君のほうから来てくれるなんて。
優しすぎるよ。
そんなことされたら……
君から離れられなくなっちゃうよ……
もし私が君のすべてを知ったら、また私は……。
それとも君は、君のすべてを知ってしまった私を、受け入れてくれる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます