第8話 「体育祭で同じチーム」イベントは発生しない
外京は嫌な気分であった。体育祭が近づいてきたからである。単に運動が苦手だからというのもあるが、このようなイベントで活性化する「意識高い系」の人々が出す空気がなによりも息苦しいからである。このような(彼にとって)得体のしれない人々についていくのは、彼にとっては苦行であった。
重い足取りで学校への道を歩いていると、後ろから誰かが走ってくる気配がした。
「外京くーん!」
ショートカットの髪が揺さぶられている。相変わらず晴れ晴れとした笑顔だ。 「もう、置いていかないでよ。待っていてくれればいいのに。」
毎日これが繰り返されるので、外京は彼女と登下校するのが通例となっていた。
「ちょっと、待ってよ、三月、はあ、はあ、いきなり、走りだして、はあ、はあ……」
息を切らしながら菅原がついてきた。外京は菅原と目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。菅原は外京をじっと見続けた。
「外京、あんた、余裕こいて毎日女の子と一緒だなんていい度胸ね。あんたのこと、ズタズタにしてやるんだから、待ってなさい!三月も、どうぞそいつとお幸せに!」
そう言うと、彼女は走って先に行ってしまった。
「あちゃー、よくわからないけど、私もあの子を怒らせちゃったかなあ。」
東大寺は困り顔だ。
「でも……」
走っていく菅原を見て言った。
「いつもの元気な蓮ちゃんに戻ってよかった。」
そして彼女に向って叫んだ。曇り空に似つかわしくない、ミネラルウォーターのような澄んだ声だった。
「そっちはがっこうとはんたいだよー」
その声を聞いた彼女は顔を赤くして、とぼとぼとこっちに歩いてきた。そしてすれ違いざまに外京の足をわざと踏んずけて、学校の方に全速力で走っていった。
「俺、そんなに恨まれてるのかなあ。」
「分かってないなあ、外京君は。でも、今回はお互い様ってところだったんだろうけど、もし大切なお友達とケンカしたら、謝らなきゃダメだよ?」
「俺が謝ってないのを何で知ってるんだよ!?」
「え、あ、い、いや、外京君は、なかなかごめんねって言えないだろうなーって、思ってさ。」
「俺をガキかなんかだと思ってるのかよ……」
「でも、実際ずっと意地張ってたでしょ?」
「わ、分かったよ、次は気を付けるよ。分かったから……」
「それでよし。はい、お説教はおしまい。」
きまりが悪そうな表情の外京を見守るように、東大寺は彼のそばを歩いていく。
「もうすぐ体育祭だね。」
外京が何も言わないので、東大寺が話題を提示した。
「そうだな。」
「どうしたの?あまり楽しみじゃなさそうだけど。もしかして体育祭、嫌い?」
「まあな。」
「ふふーん。だろうと思ったよー。君、イベントとか馴染めなさそうだよねえ。」
東大寺がからかうように言った。
「ああいうの、苦手なんだよ。運動ができないからってのもあるけど。」
あれこれ話すうちに、学校に到着した。アスファルトの窪みにできた昨晩の水たまりが、校舎を鮮明に映していた。
階段を上り教室の前に来た。
「じゃあ、放課後に、またねー!」
そう言って東大寺は笑顔で手を振るのだった。今日も太陽が出ないのは、こいつの明るさのせいかもしれない、と思いながら教室に入ろうとすると、オタク仲間の友人に呼び止められた。
「外京サァン、あ〜れは有罪デスヨォ。女の子と一緒に仲良く登校なんてェ。デュフッ。 あなたらしくないじゃァないですかァ。」
「いや、そういうのじゃないから。」
すましたような外京の表情を見て、彼は余計悔しそうにした。
「嘘なのはバァレバレですッ。外京サンは、我々と二次元の良さを語り合った日々を、おォ忘れになったのデスねェッ!」
さらば友よ、お幸せに、と言って彼は涙を流しながらどこかへ走っていってしまった。
「何がなんだか……」
そう呟きつつも、以前とは大きく変わった日常を、彼は無自覚にも楽しく感じていた。
放課後、体育祭についての話し合いがあった。様々な競技が行われるのだが、必ず一人一回は何かしらに参加しなければならないというノルマがある。外京はドッヂボールへの出場権を勝ち取った。序盤でわざとボールに当たり、外野で楽をしようという魂胆である。
外京はこのような話し合いの場が好きである。別に積極的に発言をするだとか、そういったことはしない。ただ、他人の様子を見るのが楽しいのだ。
「(にしても、あの女、前に立っていないのに会議の主導権を握っている。体育祭委員が傀儡と化しているな。俺の要注意人物リストに加えておこう。)」
席に座っていながら、壇上で話す体育祭委員をコントロールしている女子がいる。
彼女は別に学級委員というわけでもない。いわゆるカーストの頂点、一軍女子というやつだ。
ちなみに「要注意人物リスト」とは外京が脳内で構成しているものである。ティア0からティア3までの等級に分けられ、彼の独断と偏見で決定される。あの一軍女子はティア0だ。最近までティア3にいた東大寺は、リストから除外された。
全競技の参加者が決まった。やっと帰れる、と外京は思ったが、一軍女子の一言で会議は延長された。
「クラスシャツはどうする~?」
この学校では毎年体育祭や文化祭の度にクラスごとにオリジナルのシャツを制作するというのが恒例になっている。外京はこれが嫌いだった。体育祭では一日、文化祭では二日しか着ないペラッペラの服を割高で買わされるからだ。
「いつまでに作ったほうがいいかな~?やっぱウチはさぁ~、早めに作ったほうがいいと思うんだよね~。」
「だよなァ~オレもさァ~こういうのはプラン立ててやっていくのがいいと思うんだよねェ~。」
意識高い系の奴まで加わってきた。
「あ、あはは、そうだね。じゃ、じゃあ、その辺はシャツのデザイン係に決めてもらおうかな。」
体育祭委員の女子が苦笑いで答える。表向きでは一軍女子と仲良くしているが、それは自分の地位を維持するためにやっているのだろう。いわゆる大人の対応である。この学校は比較的学力の高い者が集まるので、そういった曲者への対応に慣れていたり、あるいはうまく利用したりする人間が多くいる。
「(これは多分、シャツの制作にも口出しされるだろうなあ。)」
対岸の火事を眺めるような気分の外京だが、まさか数か月後の文化祭でそれに巻き込まれることになるだろうとは、思っていなかった。
ともあれ、何かを押し付けられることもなく無事にやり過ごすことができた。終礼の後、外京は良い気分で教室を出た。廊下の窓が曇り空を見せていた。いつも通り東大寺が待っている。だが、あまり元気がなさそうだった。
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