第7話 孤独ノススメ

「今日も朝から雨……」

 菅原は最悪な気分であった。あの日から一週間ほど経ったが、忘れたころに不安が押し寄せてきては胸を締め付けていた。


 以前、両親に相談したことはあるが、やはり私立専願は駄目だと言われていた。

「そもそも、途中でコースは変えられないでしょう?どうして今の時期に……」

「私が自分で計画を立てて、三教科に絞って勉強するから……」

「何言ってるのよ。前回の模試がよくできなかったからって、途中で逃げようとしているんじゃないでしょうね?」

「そうじゃなくて……」

「最後まで頑張りなさい。お母さん、期待してるわよ。」

 想定内の結果だった。覚悟はしていたが、やはり辛かった。だがここで諦めて、言われたままに行動していてはいけない。元々理系科目が苦手なのに、無理をして国公立コースに進んだ結果、理系科目の成績は難易度が上がるごとに低下していった。だが、得意な文系科目では何とか持ちこたえてきた。逆転するなら今しかない。両親が反対するなら、内緒でやればいい。受験するときになったら、国公立は受けるだけ受けて、第一志望の私立大学は併願校などと適当なことを言って受けてしまえばいい。自分の得意な科目に専念してあの男に並んでやると、そう心に誓った。

 

 あの日、家に着いてから彼女は自分の部屋で一人で泣いていた。

「なんだよ……あいつ、自分ができるからって、私のことそんなに低く見てるのかよ……私じゃ受からないだろうからって、気を使って言ってるのかよ……」

 袖が涙でびしょびしょに濡れていた。固く決意したつもりだった。だが仲間を切に欲している自分がいた。 

「私、本当に弱いなあ……」

 そう呟くと、自分が尚更嫌いになった。気分のせいで重くなった四肢を投げ出してベッドに寝転がり天井に手を伸ばしてみると、太陽みたいに眩しいシーリングライトが、だんだんとその手から遠ざかっていくような気がした。その日は何もやる気になれなかった。

 

 そういうわけで、彼女は朝から憂鬱な気分であった。いつものように電車に乗って、歩いて、学校の階段を上って、教室の扉を開ける。その日常の風景が、音が、どこか遠くにあるように感じられてならなかった。自分だけを取り残して、世界がどんどん動いてしまっているような――そんな心地がした。高校の第三学年であるだけに、授業中でも休み時間でも受験の話で持ち切りだ。それが耳に入るたびに、彼女はもう全てを投げ出してしまいたいような気持ちになった。

 昼休みに三年二組の前を通ると、外京が一人、机に向かっているのが見えた。試験の場では勇猛にペンをふるう彼の背中は、教室では小さく見えた。寝不足気味の顔をしかめながら参考書を読む彼の横顔は、まるで苦痛に耐えながら己を鍛錬する剣士のようであった。

 

「俺だって……弱いさ。」

 

 彼の言葉を思い出した。 

「(そうか、だからあいつは、ずっと一人で……)」

 その時、彼女の中で何かがわかったような気がした。一人で自分の弱さに向き合う、それが強さへの近道であると、彼は背中でそう語っているような気がした。

「(それがあんたの言いたいことっだっていうのなら、わかったよ。私は、私は一人で戦い抜いてみせる!そして、あんたにいつか追いついてやるんだから!)」

 

 その時、外京は背中で何かを感じ取った。

「(何だ、また面倒なことが起こる予感が!?)」

 振り向くと、背後にはノイズだらけのいつもの風景が広がっていた。毎日スマホをいじってばかりの奴、声が大きい一軍女子とその下僕、ウェイ系の男子グループ、たまに会話するオタク仲間。教室の戸口に訪れた面倒ごとは、もうすでに消え去っていた。

 

 チャイムが昼休みの終わりを告げる。時間は思ったよりも早く過ぎるようだ。

 

 

 

 

  

 

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