第5話 少女たちは夢を追って

「やるじゃん、三月、東市さんと並んで三位だよ!……国語だけ。」

「わ、本当だ、やったあ!ほかの教科は……微妙……」

「でも、すごいよ。私、三月ならやれるって信じてたよ。」

「えへへ、ありがとう。次は英語と世界史も頑張らなきゃ。」

 高三の6月、模試の順位が貼り出された時、東大寺三月とうだいじ みつきとその友人、菅原蓮すがわら れんは一番乗りでその表を見に来ていた。

「また外京君が二番目……」

「三月はさあ、いっつも『ゲキョウ』ってやつのことばっかり気にしてるよねえ。もしかして、いつも勉強頑張ってるのはそいつのこと追いかけてるからってこと?いやあ、三月ちゃんもついに……」

「ち、ちがうもん、わ、私は、外京君が自分と同じ教科をやってるから、目標にしてるってだけ!」

「そういえば、そいつも私立受験だったっけ?だから三教科しか受けていなくて、他の教科はランキングに載ってないんだねえ。いやあ、国公立受験の私に言わせてもらうと、甘えですねえ、これは。三教科しかやっていないんだから、そりゃあ高得点取れて当然……」

 菅原の学歴厨疑惑が浮上した瞬間であった。

「蓮ちゃん、それはどういう意味?」

 冗談で言ったつもりだったが、東大寺は菅原に冷たい視線を送った。

「い、いや、冗談だから。三月はそいつのことになると本気になるよね……ま、まあ、確かに、三教科総合で偏差値65以上を取ってるのは『王子様』と『ゲキョウ』しかいないからね……特に『王子様』は五教科七科目総合でも偏差値67!あの人たちはどうしてこの学校にいるんだろうって思うほど、レベル高いよねえ。」

 この学校では文理でコースが分かれているが、その中でもさらに国公立受験組と私立専願組で異なるカリキュラムが組まれている。文系の中でも、朱雀大路や菅原たち25人が所属する国公立文系コースでは五教科、外京や東大寺ら156人が所属する私立文系コースでは三教科を履修することになっている。理系については……また別の機会に説明するとしよう。

 三教科の総合偏差値で比較した場合、国公立文系コースの人間が上位二十位までを占める中で、外京は私立文系コースの中で唯一、三位の東市とは圧倒的な差をつけながらランクインしている。そのため彼は多くの同級生から、朱雀大路に次ぐ第二位であると認識されているのだ。もっとも、教科数に差があるため単純に比較できないことから、一部の人間や当の本人までもがそれを過大評価であると思っているのだが。


「で、『ゲキョウ』ってのに会いに行くんでしょ?いやあ、ずいぶん時間がかかったもんだねえ、別に話しかけるだけだったらいつでもいいのに、『まずは外京君に認知してもらうんだ』って、成績上げるために猛勉強して、本気で憧れてるんだねえ。」

「へ、変なこと、言わないでよ!い、行ってくるから。」

「頑張ってねえ~」

 東大寺をからかうような、ふざけた笑顔で手を振ったが、彼女の姿が見えなくなると菅原の顔は誤魔化しを続けた反動が押し寄せたせいか、凍り付くようにこわばった。

「本当に甘えてるのは、私なんだよなあ……」

 菅原が国公立受験を決めたのは、両親からの期待があったからだ。しかし成績は思うように伸びず、焦りを感じる日々を過ごしていた。今回は三教科にすると総合で学年三十一位だった。五教科では国公立受験コースの25人の中で最下位。自分の名前が表の中で上から半分以内に入っていないのがわかると、途中で探すことを放棄した。

「国語だけとはいえ、抜かされちゃったかあ......」

 呟きが陰鬱な今日の空気と同化して消えた。クラスに戻る途中、晴れやかな笑顔の東大寺とその後ろを渋々とついていく『ゲキョウ』の姿を見た。菅原は目を合わせたくなかった。窓の外を見るふりをしながら、固く冷たい床のタイルを力強く踏みつけて「3-1」に飛び込んでいった。歩みを崩さぬように必死であったから、外がどんな様子だったかは覚えていなかったが、きっと雨だっただろうと適当な答えを出して席に座り、湿気のせいかしっとりとした手触りになった英単語帳を取り出した。

「stray......道に迷う......」

 ため息交じりに呟いたその言葉は彼女の心に突き刺さり、喉の奥に抜け落ちるまでに少しばかり時間がかかった。


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