第2話 相崎の戦い

「お母さん! お父さん!」

 肺の中の空気を全部使って声を出す。返事はなかった。瓦礫の前で力が抜ける。涙が、留めなく溢れてくる。

 瓦礫、私の家だった場所。もう、誰もいない。

「……ぃ」

 どこからか、遠くから声が聞こえる。聞こえてくるけど内容は理解できない。理解できるはずなのに、頭がすべての情報を拒否している。

 振動が伝わってくる。怪獣はまだいるんだ。逃げなきゃと脳が訴えかけてくる。しかし体は動かない。まるで意識が身体から離れているみたいだ。

「おい! 何をしてるんだ! 早く逃げるぞ!」

 誰かに肩を叩かれ、ようやく自分の意識が体に戻ってくる。よろよろと立ち上がり、支えられながら避難所にたどり着いた。避難所までどんな道だったのか、どんな景色だったのか、まるで夢の中だったみたいにはっきりとは覚えていない。

 私がちゃんと覚えているのは怪獣災害が終わったあたりだった。避難所に備え付けられていたテレビが怪獣撃破を繰り返し放送していた。その音で意識がはっきりとしてきた。私が体育座りであること。今、どこの避難所で、どの位置にいるのか。背中に当たるひんやりとしたコンクリートの感触。そんな外界の感覚が一気に頭に流れ込んでくる。

「ハッ、ァ……!」

 そこから将来の不安が押し寄せてくる。どうしよう、父さんも母さんもいなくなって、これからどうすればいい?

「誰か、誰か助けて……」

 気づけば避難所には誰もいなかった。

 孤独が襲い掛かってくる。そして再び、怪獣の足音が聞こえた。

 ハッと目を覚ます。夢だったのか。昔の、嫌な記憶を呼び起こす夢だった。朝から不快だ。

 もうあの工藤と組まなくなって半年がたつ。ようやく私にも当番が回ってくるようになった。しかしなかなか怪獣は現れない。

 怪獣によって家族が皆殺しになってから約7年。怪獣に対する恐怖からだんだんと憎しみに変わっていた。

 その憎しみを糧として怪獣駆除会社に入社、必死に特戦機の操縦を学んだ。誰よりも勉強し、誰よりも練習したはずだった。

 でも工藤には勝てなかった。

 射撃の上手さも格闘戦も、何もかも勝てなかった。

 それを超えるために必死で練習した。それでも彼を超えることはできなかった。

 少しずつ彼に対する嫉妬が募っていった。そして彼とコンビになった。

 ようやく怪獣と戦えると思っていた。でも彼ばかり登用されて自分ができることはなかった。それは仕方ないことはわかっていた。だって私より彼のほうがうまいのだから。それでも彼を妬むことをやめられなかった。

 だからコンビ解消を社長に提案した。自分のエゴイズムだと理解していても。少しぐらい良心の呵責はある。それでも自分の行動に後悔はない。

 これで私がもう少し怪獣を狩り殺せば自分の選択にもっと自信が持てるのだが。

 突然警報が鳴る。

『怪獣出現! 当番のパイロットは速やかに出撃準備を整えてください!』

 来た。私の番だ。ついに、ついに私が怪獣を……。

 恐怖も無いわけではない。でもようやく私の悲願が達成されるという期待感に胸が躍る。

「今行きます!」

 パイロットスーツに着替えて自分の愛機に向かった。

「怪獣は?」

 歩きながら詳細を聞く。

『全長約50メートル、翼が付いてる』「飛行怪獣ですか?」『いや、今のところ飛んでいるところは観測されていない。おそらく遊泳の補助として使うのではないかと予想されている。もちろん相手は怪獣だ。何が起こるかわからない。十分に気を付けてほしい』

「了解」

『やつはどうも音波を吸収する性質を持っているようだ。目視で初めて確認された。今は降川海岸に上陸し商店街に接近している。早く止めないと核攻撃が始まるぞ』

「了解。すぐに向かいます」

 ヘルメットをかぶりつつ返事をする。

 ディスプレイオン。各種メーターの確認。燃料良し。マニピュレーターの感度良し。武装の確認をする。100ミリ機関銃、一六式怪獣用短刀が装備されている。

「相崎アスナ。TKF―71出る!」

 推進剤に点火。カタパルトに引きずられ加速。大空に飛び立った。

 強力な加速度を感じる。訓練で慣れているはずだが、やはり気持ち悪い。不快だ。

 怪獣の姿を目視で確認する。

「怪獣を発見。着陸します」

『すまん。まだ所定の位置に着いちょらん。あと5分待ちよって』

 ホマレの艦長、佐倉カナが通信してくる。5分か。それなら耐えられるだろう。そもそも特戦機は単騎で怪獣を倒せるようにはなっていない。怪獣を体を張って止めるのが役目だ。怪獣にとどめを刺すのは主に艦隊による砲撃である。特戦機に積み込めるサイズの強力な兵器は開発されていないのだ。単機で倒せる工藤がおかしいだけである。

 つまりこの状況は少しまずい。

「了解」

 なんとかやるしかない。

 着陸し、怪獣の前に立つ。全体的なイメージとしては巨大なエイといったところか。ただし頭に当たる部分が鋭利にとがっており、また鳥の足のような細い脚部で直立している。

 改めて操縦かんを握りなおす。

 よし。やってやる。

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