第1話-7
海上の戦いから1時間後、綺夏海岸の沿岸で。
「動作チェック」
特戦機の手を動かし、両肩部と両腰のロケットエンジンを細かく上下左右に動かす。
「燃料チェック」
ヘルメットに投影された推進剤とバッテリー残量を見る。
「兵装チェック」
背中につけられた対怪獣用の刀とライフルが本体とリンクしているかどうかを見る。
「カメラチェック」
特戦機の頭部につけられたツインアイを瞬きさせる。
「異常なし、工藤ケイ、いつでも出撃できます!」
『了解。出撃のタイミングはあなたに任せます』
「わかりました。出撃五秒前」
スラスターに点火。
「5,4,3,2,1。出撃します」
ぐっと座席に押し付けられる。内臓が背中側に押し付けられるこの感覚。気持ち悪いけど、嫌じゃない。視界がぱっと明るくなり、目の前に青空と海が広がった。
もっと早く、もっと遠くへ。エンジンの出力を少し上げた。また体が押し付けられる感覚。
陸地が近づいていく。少し出力を下げて、ゆっくりと着陸した。あたりを見回す。一面田畑が広がっていた。ここなら少しぐらい暴れても大丈夫そうだ。僕は田畑を背面に、海を正面に立った。
「こちら、工藤。特戦機。配置につきました……」
『うーっす。こちら佐倉。戦艦ホマレ。配置についたで。工藤君、援護が必要になったらいつでも言いよ』
突然海軍軍帽をかぶった長い金髪の女性が通信してきた。彼女の名は佐倉カナ。ホマレという護衛艦にしてはデカすぎる船をたった一人で操っているとんでもない女性である。彼女は悪い人ではないが僕としては彼女が怖い。あと方言がきつくてたまに何を言っているのかわからない。
『こちら鳥羽。すまない。我々では撃破できなかった。あとは頼む』
また軍帽をかぶった女性が通信を入れてくる。彼女の髪型はきっぱりと揃えられた黒髪のショートカットだ。こうしてみるとますます佐倉艦長が浮いて見える。
『まあそうやろうなぁ。あんたらみたいなこんまい護衛艦と潜水艦じゃ足止めが限度やろ。むしろ足止めできただけでらっきぃーや。まあまかせちょき。工藤君と相原君とうちで倒すわ。鳥羽君らぁは帰って社長と合コン会場でも予約しちょいて。あ、もちろんうちも参加するつもりやき。三人で予約しちょって』
『いや、我が船は補給したらすぐにそちらに向かう予定だが……』
『今回の当番は工藤君や。そんなことをしゆう間に戦闘は終わっちゅうわ。そのまま帰ってええろ』
『いやしかし、そんなことをしたら問題に』
『あ? そんな固いこと言いよったらいつまでたっても結婚できんで。もっと柔らかく対応せんと』
『だからこんなことをやっていると……』
『問題になるって? なるわけないろぉ。軍やないんやで』
『しかし……』
『ああ! もうごちゃごちゃうるさいなぁ。そんなんやからあんたみたいな年齢になっても結婚できんねん』
突然、鳥羽艦長の顔が曇った。
『あ? 年齢の話をするのであるならば、佐倉艦長も同じ年齢で未婚では?』
『いや、うちはあんたと同じ年齢で未婚でも将来性のある未婚やから』
『将来性のある未婚って何ですか? というかむしろあなたのような性格のほうが結婚から遠いのでは?』
『あぁん?』
今度は佐倉艦長の顔色が変わった。明らかにブチギレている。
『ゆうたな! おまん帰ったら覚悟しちょけよ!』
ああ……どうしよう。自分には全然関係ない喧嘩が始まってしまった。気まずい。通信を切りたい。このまま通信を切っていいのだろうか。そう逡巡しているとまた通信が入ってきた。ミツルギからだ。
『あの、工藤君。通信を切ってもいいと思うぞ』
「あ、はい」
通信を切った。ありがとう神内艦長。
ふぅ、落ち着いて正面の海をとらえる。操縦桿を握りなおす。
いつ来るのか……。緊張状態が続く。
『そろそろ来るで』
緊張状態がより一層高まる。手に汗がにじむ。
ゆっくりと怪獣の姿が露になる。二足歩行。背中にはひれのような突起物が頭から尻尾にかけて一列に並んでいる。体表面はまるで暗い深海の一部を切り取ったような暗い青色。目は頭部の大きさにしては異常に小さい。
僕は背中に取り付けられた刀を抜く。試作怪獣用近接装備、柄に内蔵されている電池によって刀身から2万度以上にもなるプラズマを放出し切断力を上げることができる。
怪獣の頭に向かって振り下ろす。ガキンッという音を立てはじかれる。やはり硬い。次に胴体を狙う。
「ッ!」怪獣の腕が機体に迫る。一瞬、スラスターを逆噴射させつつ、地面を蹴って避ける。思いっきり上体を低くして地面を蹴り、怪獣に接近、刀を胴体に突き刺した。
しかし胴体に当たったものの貫通はしない。
すっと刃を引いた。よく見ると頭部と胴体には少し傷がついている。
すると突然、怪獣が少し上体を後ろに引いた。
なんだ? いつでも回避や攻撃ができるように身構える。
口を開けた。まずい。スラスターを一気に最大加速させる。
怪獣の口から何かビームのようなものが発射され、さっきまで自機がいた場所を切り裂いた。地面が大きくえぐれている。これはなんだ? レーザーか? それとも粒子ビームか?
「本部! あれは!?」
『すこし待ってください。……どうやらあれは高圧水流のようです。機体の装甲だと同じ場所に3分以上あてられると貫通させられてしまいます』
3分か。装甲に任せてむやみやたらと突っ込み攻撃するのは避けたほうがよさそうだ。
刀を右手に保持しつつ、左手で背中にマウントされた100ミリ機関銃を取り出す。狙われないようにサイドステップを繰り返し、撃ち込んでいく。やはり効いていない。
目論見通り向こうも撃ってくる。それを避けつつ狙いは外さず当てていく。一回、二回、三回撃たせる。見極める。水流を打つタイミングを。
怪獣の真正面に立ちつつ、撃つ。また怪獣が上体を引いた。今だ。刀のプラズマを最大出力にし、槍投げのように構え、投げた。
怪獣が口を開け、水流を吐く直前に刀が口内に刺さった。スラスターの出力を最大にして加速、そのまま刀を蹴りこみ、さらに深く差し込む。刀がのどを貫通した。柄を持ち、刺さった刀をゆっくり縦に引く。プラズマが怪獣の体を焼き溶かしていく。正中線にまっすぐ切り裂いた。内臓が中から流れ出してくる。最後に頭部を両断した。
動かなくなった。倒したのか。赤い血が切断面からどくどく流れ出ている。
「怪獣を倒しました。今から帰投します」
『うーす。じゃあうちも帰るわ』
通信を入れ、空母に向かって飛び立つ。
ん? 鼻に違和感がある。すこし鼻をすする。口の中に鉄味が広がった。鼻血が出ていたのか。どのタイミングで? 回避していた時だったのだろうか。このまま放置していたら七瀬さんに心配されてしまう。それは避けたい。自動操縦に切り替えて、ヘッドマウントディスプレイを切った。ヘルメットを取り、手探りでティッシュを探す。ポケットティッシュを丸めて鼻に詰める。
なんとか帰るまでに止まってほしいけど……。
空母に戻ってまず検査ドックに入る。そこから怪獣の血など汚れを洗浄してもらい、ようやく整備部に入る。鼻に詰めておいたティッシュを急いで隠す。
機体から出ると整備部門の人たちが出迎えてくれた。
「ありがとう」「さすがだな」「よくやってくれた」
僕の心がぼんやりと暖かくなる。僕はこの瞬間、生きてきてよかったと思える。
「工藤くん! 凄かったね!」
七瀬さんが晴れやかな笑顔を向けながら駆け寄ってくる。
「あ、ありがとうございます……」
「うん?」
彼女が顔を覗き込んでくる。僕は目を合わせないように視線を左右に動かした。
「……また鼻血出したの?」
「……はい……」
「医務室行こうか」
見つかってしまった。すると僕の手をガシッとつかんで、
「みんな! 私、彼を連れて行くから先に整備しといて!」
「い、いや……自分で行くから……」
「駄目だよ、前もそういって行かなかったでしょ?」
「………………」
確かに前に一度だけ医務室に行かずに医務室の手前の自販機でココアを飲んで過ごしていたことがあった。
彼女がぐんぐん僕を引っ張っていく。
「もう、きみは自分の体をもうちょっと大切にしたら?」
正論だ。僕も自分の体を大切にしていないと思う。でも……。
「君が死んじゃったらだれが私たちを守ってくれるの?」
ほかにもパイロットがいるじゃないか。僕一人がいなくなったって……。
「……ごめんなさい」
僕にはそう答えるしかなかった。
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