4.生の可能性
彼らは『いま・ここ』の金が欲しいだけ。相手の幸せを、相手の喜びを考えることもできず、目先のものにつられて動くだけ。
ハンバーグの最後のひとかけらを口に押し込んで、
ごくりと飲み込んでから、行き当たった答えをひとつ。
「人間は言葉を持つからこそ、『物語』を持ちますか」
「おお、なっちゃん。正解だ。人間は個人の物語を生きているんだ」
言葉があるから、過去と未来を想起できる。自分の生きてきた道を説明し、そして未来への展望を語ることができる。
一方で、言葉のないものはそれができない。
「それから誰ぞが言ったな、『可能性なくしては、人間はいわば呼吸することができない』と。人は『できるはず』を信じて生きる。これを奪われると生きられなくなるんだってなァ」
自分はこれができるかもしれない。これができるはずだ。そういうものは、確かにある。
「これを聞いて俺は思ったね。ああ、戦争ってやつはこの生の可能性を奪い合うもんだったんだなと」
紘三の顔に浮かんだものは、何だっただろう。
「そういうもんに、俺は放り込まれて帰ってきたんだってなァ。つまり俺の生の可能性は奪われなかったってことだな」
「可能性」
「そうだ。人間は可能性で生きている。この可能性ってのはな、喜びや大切なものって言い換えてもいい。で、その可能性を失えば健康だろうが何だろうがお先真っ暗、ってやつだ。逆にこうすればできると可能性がはっきりしちまえば、人生明るいんだろうよ」
それは言い換えれば、夢というのだろうか。
「人は、可能性を持つことで生きている……」
「そういうことだ。そう考えりゃ、ある意味詐欺をするような奴らも『大金が手に入るかも』って可能性で生きてるのかもなァ。金って資源がなきゃ、できねえこともある」
「金だけあってもどうにもならないこともあるだろ、じいさん」
「そりゃそうだ。人脈ってやつも必要だからな」
グラスを磨いていた布を
正直なところを言えば、深夏は別に大金が欲しいとは思わない。身の丈にあったものだけで十分で、今手にしているものだけで構わない。けれど、
「あとは能力だろ」
「おっと。そいつは欲望とセットのやつじゃねえか」
可能性の実現。
能力という言葉だけで考えるのならば、それを実現させるためには能力は必要だ。たとえば海外に生活したいと思ったときに、いずれ獲得しなければならない能力はその土地の言葉であるとか、文化であるとか、そういった知識だ。
「能力ってものは拡大するもんだ。ルソーとかいう人が言ったんだったかなァ、『人間とは欲望と能力の
それはつまり、不可能を望むなということだろうか。自分のできることを欲する限りは幸福なのか。
けれど本当にそれは、良いことなのかは分からないのだ。いくら頑張っても思うようにならないことはある。誰かにできることは自分にできなくて、悔しくて苦しいことがある。
「これが人間の物語につきものなんだなァ。この欲望と能力のバランスってもんが問題で、物語になる」
人とは、己の生の可能性が必要なのである。そして欲望と能力のバランスに苦しみ、あがき、その上で過去から未来に向かうのか。そういう時間を、『これから』を、生きるものか。
「じゃあ紘三さん、死ぬとは何でしょう」
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