轟音の中で

 腹の中にズッシリ響くドラム、心地良くあり主張もするベース、軽やかに刻むリズムと耳をつん裂くようなギター、激しくも時に訴えかけてくる優美な声、突き刺さるように鋭利でありながら、じんわりと身体中に染み渡る言葉の雨を降らす歌。

 絡み合う音の中にいる時、本当の自分でいられる、生きている事を確かめられる場所、ライブハウス。


 物心をついた時には音楽に魅了され、中学2年の頃には安物のエレキギターを買い、取り憑かれたように毎日弾いていた。別にギターが上手くなりたい訳でもギタリストになりたい訳でもなかった。家で1人でやり易いものがギターだっただけ。もちろんギタリストがカッコいい事も分かっている。ギターソロを弾いている時、ギタリストが1番輝いて見えるし、そのテクニックは素人であれ凄さが分かる。

 でも俺はヴォーカルに憧れた。凄く上手いバンドでもヴォーカルがイマイチだと響かない。もちろんCDで聴いているバンドや歌手はデビューしている訳だから歌が下手な奴なんてそうは居ない。だが歌が上手いだけでは好きになれなかった。自分好みの声質やライブでのパフォーマンス、オーディエンスを盛り上げるMC、そして誰が何と言おうが自分が世界一だと放っている、全てを凌駕する圧倒的かつ絶対的な存在感。気付いた時すでに、俺はそんなヴォーカルになりたい、他の追随など気にもかけないヴォーカリストになる事でしか己の人生を満たせない。

 今思えば中学生風情が人生を悟ったような事を、と漫画の主人公気取りな考えだがそんな想いを疑いもせず、抱き続けているのは確かな事だ。

 早くバンドを組み、ステージに上がりたい!高校を卒業し、地元の音楽仲間や高校の同級生に片っ端から声をかけて何とかバンドを組んだ。

 ただ俺の好きな音楽のジャンルのせいか中々気の合うメンバーは見つからず、だが早くバンドをしたい気持ちを抑え切る事など出来なかった。結果、高校卒業後にはすでに就職が決まっていて趣味程度で弾いていたベーシスト、メインのバンドがあるドラマー、ギタリストは見つからなかった。本望では無いが俺がギターヴォーカルをする事でバンドとして動き出せるので妥協せざるを得なかった。

 ただそれでもバンドを組みライブをする事が出来るので満足はしていた。


 だがそんな寄せ集めの集団は当たり前のようにいとも容易く崩れ、その度にまたメンバーを探しては誰かが離れてを繰り返し、気付けば高校卒業後からあっという間に月日は流れた。

 それでも音楽をやりたい俺は何とかバンドをする為に根気強くメンバーを探し、ようやく月に1度はライブが出来るメンバーと出会った頃には22歳を迎えようとしていた。

 ただ高校を卒業したばかりの時とは違い、満足はしていない。月に一度しかライブが出来ず俺以外のメンバーはバンドでプロになりたい、音楽で飯を食いたい、そんな気持ちを持っていない人種だ。本気でバンドで売れたいと思っている俺の熱意は出せず、メンバーをいくら探しても同じ志の人間に出会う事も出来ず、仕方ないと己に言い聞かせ歯痒いバンド生活を過ごしていた。

 どうしようも無い苛立ちを少しでも誤魔化す為、ひたすらにギターを掻き鳴らす。だが怒りにも似た感情はぶつかる場所さえ無く煙のように消えていくだけだった。


 そんな中、今日のライブが終わった。お決まりのようにライブハウスの店長が言う。

「みんな今日はお疲れ様でした。乾杯しましょ〜」


 自分のバンドメンバー、今日同じステージで音を鳴らした他のバンドさん達がカウンターで酒を買い、店長の乾杯!と言う声に皆も乾杯と叫びバンド同士の雑談タイムが始まる。


 ライブ後でテンションはそれなりに上がってはいるが次はまた一カ月後か…と思っていた時だった。

「お疲れ様です!nitroのヴォーカルの人ですよね?歌すげーっすね!あんなデスボイス出してる人、初めて見ました!おまけにあんな難しいギターリフ弾きながら歌えるのもマジ感動しました!」

 やたらと目をキラキラさせながら話しかけてくるツイストパーマにアジアンファッション、木や革製のアクセサリー。今まで見た事のない個性だらけの奴。

「しかも3ピースであの音圧もヤバいし!あんま分かんないっすけどスリップノットとかメタリカの曲やってました?」

「あぁ、うん。そっち系のバンド知ってるん?」

「あんま詳しくないけどカッコいいとか良いなって思った曲はジャンル関係無く聴くんで。あ、自己紹介まだでした!雑音子守唄のギターヴォーカルのマサシです!」

「あ、俺はnitroの菅波。えっとジャガー弾いてたギタボの…」

「そうっす!」

「ジャガー弾いてる人、初めて見たわ!シブいよね」

「分かってくれます?嬉しいー!ジャガーってギターマニアからしたら、ショートスケールとかチューニング狂いやすいとかボロカス言われるギターやけど俺は見た目とジャキジャキ鳴る音が好きで使ってるんすよ」

「全然良いと思うで!言わせたい奴には言わせとけばええやん!」

「くぅ〜!菅波さん分かってるわ〜!ですよね!」

「てかさ、敬語やめへん?多分歳もそんな変わらんのちゃう?俺22」

「あ、マジで?俺も22!なら敬語無しって事でお願いします!

「いや、お願いしますが敬語やん!」

「あ、ほんまや!なら改めて宜しく!菅波やからすがやんって呼ぶわ!俺はマサシでええから!」

「分かった!宜しくな、マサシ!」


 人見知りもせずにやたらペラペラと喋ってくるマサシ。俺の周りによく集まってくるタイプの人間だ。嫌いでは無いが好きな類いでも無い。


「マー君、ちょっといい?」

「あいよ〜!ほな、すがやんまた後で!あ、そうや!今日打ち上げ行くん?」

「ん〜、メンバーは先帰るから一緒に帰ろうか迷ってんねん」

「すがやんは明日、大丈夫なん?なら行こうや!もっと喋りたいわ!考えといてや!」

「……分かった」

「よっしゃ!ほなまた後で声かけに来るわ!ちょい呼ばれたから行ってくるわ!」


 ライブハウスでの支払いや楽器の片付けなど諸々の事が終わった頃、マサシが来た。

「すがやん、どうする?ウチのバンドメンバーとあと違うバンドの人ら5〜6人、ライブハウスのブッキングマネージャーのジロウさんが打ち上げ来るんやけど」

「ブッキングマネージャーの人も来るんや?」

「うん。俺らさ、このDeeperってライブハウスには月1〜2は出ててジロウさんには世話になっててさ。でも普通に仲良くて俺らがライブした後は良く打ち上げ来てくれんねん。全然気は使わんでいいし」

「そうか、どうしよかなぁ〜」

「すがやん、迷った時はGOやで!俺らの出会いに乾杯しよや!なっ?」

「せやな。よし!行くわ!」

「よっしゃー!ほな行こうぜ〜!」


 ライブハウスから徒歩数分、居酒屋はマサシが予約してくれていた。皆が座敷の席に付いた所でマサシが乾杯の音頭を取り打ち上げが始まった。メンバーが帰り、知り合いが居ない俺の横にマサシは座ってくれた。しばらくマサシと話しているとマサシがブッキングマネージャーのジロウさんに呼ばれた。

「すがやん、すまん。ちょいジロウさんと話してくるわ。あと他のバンドさんとも」

「おぉ。気にすんな」

「お〜いっ。ハヤセ、なゆこ。ちょっとこっち来てくれ」

 呼ばれたのはマサシのバンドメンバー。ベースのハヤセ君とドラムのなゆこちゃん。

「すがやん、コイツらと話しといてくれ。ハヤセは19歳、なゆこはまだ高校2年やから酒は飲まれへんけど」

 そう言うとマサシは席を立ちジロウさんの方へと行った。

 その間、俺はマサシのバンドメンバーのハヤセ君となゆこちゃんと話す事になった。


 打ち上げが始まりワチャワチャと1時間ぐらい経った頃だろうか。ジロウさんや他のバンドさん達とも会話していたマサシが戻って来て俺の隣りの座る。

「よいしょ〜。すがやん、すまんな。おい、なゆこ、ハヤセ、すがやんと仲良くなったかぁ〜?」

「はい。マサシさん。凄いです、すがやんさん」とハヤセ。

「マサシさん!すがやんさんめっちゃ面白いしドラムも叩けるねんて!ウチ教えて欲しい〜!」なゆこはテンションが上がっている。

「えっ?すがやん、ドラム叩けんの?」

「暇つぶしで1人でスタジオ入ってる時に遊びで好きな曲叩いてるぐらいやで」

「え?でも曲って事は丸一曲とか叩けるんやろ?すげーなぁ。ギターも上手いし」

「意味無いけどな。中々メンバーとバンド練習出来ひんからストレス発散みたいな感じやわ。ギターも爆音で弾けるし大声出せるし」

「なるほど。でもギター弾けてベースを何となく触れるのと、ドラム叩けるのは完全に別次元の事やからやっぱ凄いよ」

「…まぁ、よく分からんわ」

「あ、そうや。ハヤセ、なゆこ、ジロウさんが呼んでたからちょっと行ってこい」

 マサシが伝え、2人は席を外した。

「あのさ、すがやん」

「ん?どうした?」

「今日会ったばかりでこんな事を聞くのはさすがに馴れ馴れしいかもやけど…」

 

 マサシは俺に何故、オリジナル曲をやらずにカヴァー曲でライブしているのか、バンドで中々スタジオに入れないかを聞いてきた。今日のライブハウスのイベントは初心者、コピー、カヴァー、ジャンルも何でもOKだった。だがマサシ達は全曲オリジナルだったのが俺も気になっていた事を伝えた。


「俺らはジロウさんに良くしてもらってて雑音子守唄を結成した時から最低月に1〜2回はDeeperでライブしてるんよ。で、ジロウさんに色々ダメ出ししてもらったり、Deeper系列や仲の良いライブハウスに紹介してもらって色んな箱でライブさせてもらったり。あと音楽性の近い先輩のバンドさんとライブさせてもらったりでめちゃくちゃ恩があるんよ。ジロウさんと出会わなかったら今の俺は居ないと思う。あの人のおかげでバンドのモチベーションを保てたり沢山の出会いや大切な事を色々教えてもらったり。ジロウ様々なんよね。だから今日オリジナルしかやってない俺らが出たのはイベントに出演するバンドが足りなくて、オリジナルでも良いから出てくれへん?って声かかってな。もちろん二つ返事で今日って事や」

「そうなんか。良い関係なんやな」

「おう。俺らが出来る事ならする。それでジロウさんに少しでも恩返し出来るならって思ってね。でも今日ライブしたからすがやんと出会えたんやし俺からしたら良い事ばっかりや。で、すがやん。俺の聞いた事も嫌じゃなきゃ話し聞かせてくれへん?」

「あぁ…そうやな」


 正直あまり話したくない。相談した所で結局、自分が何とかしないと駄目な事が分かっている。だが自然と口が開き、話していた。マサシだからかも知れない。この時はまだ自分自身、マサシという人間が持っている「それ」には全く気付いてなかった。マサシが聞き上手なのか、ただ話しやすい奴なのか、そんなふんわりとした感覚はあったがそれぐらいの人間や友達は俺の近くにも居たし、深くは考えたり感じはしなかった。


 タバコの煙、酒の匂い、ギラギラ色を変える照明と轟音が鳴り響くその場所で出会った。

 それが儚い繋がりならば、ハリボテやメッキのように容易く崩れ落ち、束の間に無様な姿を曝け出してしまうだろう。


 だがマサシ曰く、今日の俺との出会いを振り返る時に決まって言う事。照れもせずにクサイ台詞をさらっと口に出す。


 あの時なぁ、頭の中でSuperflyの愛に抱かれてって曲の一部がやたらと流れてたんよなぁ


「生まれてきてくれて ありがとう」







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