鬱苦死生響〜ウツクシイヒビ〜

@masato0321

 シネマ

「マサシ、今いけるか?」

「今、仕事中。どうしたん?」

「すがやん、死んでしまったわ」


 年末、仕事納めの大掃除をしている時にヒロキからメールが入った。世の中が便利になったが故、そんな驚愕の通達はどこか現実味に欠けている。


 ただそれとは別に、恐ろしい程にすがやんの死に対して動揺も感情が激しく揺さぶられる事のない自分がいた。

 後に聞いた死因、自殺。それが余計に自分を納得させた。アイツらしい。きっと最後はそうなるとすら思っていた。何度も観た映画のエンディングのように驚きもガッカリもせず、当然のようにエンドロールが流れ始めただけだ。


 昼頃には大掃除が終わり会社で軽い忘年会が始まる。俺は社長に事情を説明し、乾杯だけして急いで家に帰った。

 さっきのメールを見返し、すがやんの地元で御通夜がある事、駅名や集まる場所の住所など必要な事はヒロキのメールに全て書かれていた。

 

 スーツを探してクローゼットから引っ張り出す。滅多に着る事もなく、急いでいたので、中々見つからない事に苛ついた。

 以前に着たのは親父の葬式。気終えたスーツのポケットの中に数珠が入りっぱなしになっていた事で思い出した。ネクタイの結び方をスマホで調べ、家を出て最寄りの駅に向かった。

 御通夜が行われる会場に向かう途中、電車に揺られながら、昔の事を思い出していた。


「葬式なんか生きてる奴らがやらないとバツが悪いとか、しょうもない理由やろ?俺とかマサシが死んでたら、そんな事されようが分からん訳やん?」

「お前らしいなぁ。でも俺も思うわ。花見みたなもんやろ?花見やろうって言うても誰も花なんか見ずに酒飲んで、話して、笑って。ただ集まるきっかけに桜は利用されて。可哀想な花やで。くだらん」


二人でその通りだと笑った。


「まぁ、でも、俺が死んでもマサシは葬式来るなよ」

「なんで?」

「いや、お前絶対泣くし」

「ん〜、泣く…やろな、かなり高い確率で」

「やっぱお前はアホやな!」

「いや、アホではないやろ!」

「てかさ、俺らが死んだら誰が発見するんやろうな?結婚してたり彼女が居たら分かるけど、一人で家に居る時に死んでしまったら」

「それは…分からん」

「やっぱマサシはアホやな」

「じゃあお前分かるんか?」

「分からん」

「ほな、お前もアホやん!」


 意味の無い会話でまた笑った後


「でもまぁ俺が死んでも葬式には誰も来ないやろうけどな」


唐突に漏らした、その寂しさで俺の時間だけが少し止まった気がした。


 ふと我に帰ると電車は止まり、人が乗り降りしている。車窓から駅名を見るとヒロキのメールに書いてあった駅だった。ゆっくりとホームに出ると、冬の冷たい風が吹き、身体がブルっと震えた。

 改札を出てスマホを開く。駅から御通夜の会場までの行き方を調べているとトントンと肩を叩かれた。振り返るとヒロキが居た。

「お前、方向音痴やからどうせ会場まで行き方分からんやろ思ってな」

 さすがはヒロキ、良く分かっている。

「助かったわ。まぁ行き方も分からんし、考えたりも面倒やからヒロキに電話する気やったけどな」

「そんな感じしてたから来たんよ」

ため息を吐きながら、苦笑を浮かべたヒロキと会場に向かい歩き始めた。


「最後にすがやんといつ連絡した?」

「三ヶ月前ぐらいにラーメン食いに行って、それからはメールも電話もしてないなぁ、マサシは?」

「俺は一ヶ月前にメールしたけど返事無かったわ。既読にすらならんまま」

「そうか」


と、ヒロキが口を開いたのを最後に、お互い何も話す事無く会場に着いた。


 群衆の中、懐かしい顔ぶれがちらほらと見え、向こうもこちらに気付き、久しぶりと軽く挨拶を交わした。

すでに泣き声も聞こえる。


 すがやん、お前の言った事は外れたぞ。

お前が死んで沢山の人が集まり、悲しみ、涙を流してる人も居る。

「俺が死んでも葬式に誰も来ない」

あの台詞を吐いた瞬間、俺はそんな事は無いと、全否定してやろうと思ったが、どういう言葉にその気持ちを乗せればしっくりくるのか分からなかった、いや例え上手く伝えられていたとしてもすがやんは謙遜したに決まっていただろうし、それを口にしている自分を客観的に想像したら、酷く滑稽で必要でないアドリブのセリフを吐いた役者が監督にカットと怒鳴られるような感覚に陥った。

 なのであの時、俺は何も言えなかったのでは無く何も言わなかった。表しようのない沈黙が時間を止めた感覚にしたのだろう。

 

 俺の視界に入っているだけでも少ないとは言えない人々が居る。

 お前は多くの人に愛され、求められていた。それをすがやん自身が望んで無かろうが、残念ながらすがやんには生まれ持ったカリスマ性のようなオーラ、人を惹きつける魅力があった事をどれだけ羨ましく思った事か。

俺にはそれが痛く感じたり、憎くて仕方がない時もあった。

 ひょうひょうと生き振る舞いながらも羨望の眼差しを独り占めにしている事に気付いていない、そんなお前になりたい、魂を入れ替えられないかと真剣に馬鹿な妄想をしながら幾度も夜を越えた俺には、目に映る沢山の人達、御通夜に足を運んだ皆の気持ちや想いが手に取るように分かる気がする。


 御通夜が終わりヒロキと会場の外の喫煙所でタバコを吸っていた。

 俺は泣かなかった。頭が真っ白で所謂「無」の状態だった。二本目のタバコを吸い終える頃、昔の知り合い達が飲みに行かないかと誘って来た。が、俺はそんな気分では無いと断った。ヒロキはまだ仕事が残っていて忙しいらしく帰らないといけない事を伝え、みんなにまたと別れを告げ、一緒に駅に向い電車に乗った。

 ヒロキは乗り換えの駅に着く寸前

「また連絡するわ」

そう言って俺の肩に優しく手を置く。

「分かった。また二人で飲みに行こや」

 ヒロキは頷き電車を降りた。


 1人になり席に腰を降ろした。年末だからか普段の帰宅ラッシュより人が少なく感じる。気を張っていたせいなのか1人になった途端に身体の力が抜ける。全体重の負荷で電車の椅子が軋んだ気がした。


 明日の葬式は家族や親戚周りで行うみたいなので、今日すがやんの顔を見たのが最後、すがやんと同じ場所に居た事も最後。次々と景色を変える電車の窓に目をやっていると両目から涙が流れた。御通夜の時には無心だった頭が、信じ難い事実を拒否していた脳が、現実を受け入れろと言わんばかりに歯車を噛み合わせ、ゆっくりと回り始めたのだろう。

 涙の量は増え続け、鼻水も出始めた。嗚咽では済まない。両手で顔を覆い、俺は思い切り泣いた。電車の中、人目も憚らず、ぐじゃぐじゃに泣いた。泣き続けた。


 映画のワンシーン、失恋したヒロインが電車内で号泣しているのを観て

「映画って感じでリアリティ無いなぁ」

「知らない人だらけであんな泣ける?」


 そんなヒロインより泣いている自分がそこにはいた。最寄り駅で降り、家に着くまでの間も涙は止まらない。少しマシにはなったが咥えたタバコに火を付けるのもままならない。思い切り吸い、吐いた煙は寒さを伴い、真っ白だ。でもそれが深呼吸の役割りになり、少し落ち着いた感情が涙を止めてくれた。


「駄目な映画を盛り上げる為に簡単に命が捨てられていく。違う、僕らが見ていたいのは希望に満ちた光だ」


 駅で弾き語りをしていた人がMr.ChildrenのHEROを歌っていた。

 その曲が頭の片隅で鳴り響いていた。












 


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