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 翌日、薫はいつものように高松製麺に向かっていた。薫はつまらなく思っていた。やっぱり自分は香川県の実家で働きたい。栄作と一緒に働きたい。だが、それはかないそうにない。どうして自分は道を踏み外してしまったんだろう。後悔の繰り返しだ。いつになったら悔いのない日々を送れるようになるんだろう。答えが全く見つからない。あの時、道を踏み外していなければ、今頃香川県の実家にいたはずなのに。おそらく池辺うどんは栄作の代で終わりだろう。自分がその原因を作ってしまった。本当は終わらせたくなかっただろうに、自分のせいで。薫は責任を感じていた。だが、いくら反省しても変わらない。


 薫は高松製麺にやって来た。すでに何人かが作業をしている。だが、何人かの従業員は緊張している。どうしてだろう。


「どうしたんだい?」

「今日は修学旅行で中学生が来るんだね」


 修学旅行と聞いて、薫は修学旅行の事を思い出した。修学旅行で初めて行った東京。とても素晴らしかったな。そして、東京の大学に進学して、東京で成長して、故郷に帰ってくるんだと思ったものだ。だが、東京から帰れなくなってしまった。自分はなんてひどい事をしてしまったんだろう。


「ああ」

「俺も中学校の修学旅行は、東京だったな」


 従業員は驚いた。薫もそこに行っていたとは。これで東京に憧れを抱いたんだろうか?


「そうなんですか」

「初めて見た東京の景色、忘れられなかったな。東京を夢見たっけ」


 薫は今でも思い出す。初めて東京タワーや国会議事堂、東京ドームを見た時の事。テレビでしか見た事のない建物を生で見て、興奮したな。そして、実際に東京に住む事になった。


「うん」

「だけど俺には、故郷があったから、帰ろうと思った。だけど、帰れなくなってしまった」


 薫は下を向いた。今でもそれは尾を引いているようだ。従業員はしみじみとその話を聞いていた。


「そうだね」

「帰りたいのに、帰れないんだよな。だけど、それも人生だなと」


 だが、薫は思っていた。こうなってしまったけど、それも自分の人生だ。その人生を自分で切り開いていこう。そうすれば、いつかいい事があるだろう。


「もうあきらめてんの?」

「うん」


 と、そこに3人の男子中学生がやって来た。そろそろ昼時だ。どこで食べようかなと思っていた。ふと見ると、そこには『高松製麺』といううどん屋がある。讃岐うどんのチェーン店だ。


「ねぇ望くん、あそこ、行ってみようよ」


 望はその看板を見た。ここは讃岐うどんのチェーン店だが、望は全く知らなかった。だが、香川県では全くと言っていいほど見かけない。本場の讃岐うどんのほうがおいしいし、安いからだ。


「高松製麺?」

「うん。讃岐うどんのチェーンなんだって。セルフうどんらしいよ」


 セルフうどんのチェーンなのか。池辺うどんのような注文の仕方だろうか? 本場の讃岐うどんを食べ慣れた香川県民がセルフうどんのチェーンを食べるってのも面白そうだな。


「そうなんだ。こっちでは見かけないな」

「そりゃそうだよ。ここは讃岐うどんと名乗りながら、香川県ではなく、ここで作ってるんだから」


 友達の話によると、うどんは店内で手作りだという。少し疑わしいが、インターネットではそう言っている。どれだけおいしいのか、実際に食べてみたいな。


「そうなんだ。香川県で作っていないと、讃岐うどんじゃないもん」


 望は思っていた。やはり香川県で作られたものじゃないと、讃岐うどんとは言えないだろう。


「望くんもそう思うよね」

「うん」


 だけど、どんな味なのか、試しに食べてみたいな。そして、その感想を友達に伝えたいな。


「さて、行こうか」

「うん」


 3人は高松製麺に入った。中はそこそこ並んでいる。店内はまるで池辺うどんのようだが、清潔感がある。そして、うどんも天ぷらもご飯も高めだ。


「かなり並んでるね」

「うん」


 3人はメニューを見て、何にしようか考えていた。やっぱり冷やしぶっかけだな。それに少し天ぷらを付けよう。


 数分並んで、自分の番になった。だが、望は長いと全く感じていなかった。池辺うどんの方がもっと並ぶ。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「ぶっかけひやひやの並3つで」

「はい!」


 店員はすぐにうどんを湯がき、冷やしてどんぶりに盛り付ける。次に、ぶっかけつゆを入れた。ここまでは本場と変わりない。あとはうどんの出来栄えだ。


「ぶっかけひやひやの並です」

「ありがとうございます」


 その頃、薫と従業員は3人の様子を見ていた。この子が修学旅行生なのか。あの時と全く変わっていない。黒い学ランを着ている。


「ふーん、あの子たちかな?」

「ああ。どこから来たんだろうね」


 2人はそう思いつつ、再び作業を始めた。待っている人がいるから、休む事ができない。


「俺、えびといかで」

「じゃあ僕はちくわとかき揚げで」


 3人は会計を済ませ、テーブル席に座った。これが高松製麺の讃岐うどんなのか。見た目はいい出来栄えだけど、コシはどうだろう。望はうどんをすすった。


「なかなかおいしいな」

「そうだね」


 食べてみた所、栄作のうどんぐらいおいしい。讃岐うどんのチェーン店は本場に比べるとそんなに良くないと思っていたけど、どういう事だろう。ここのオーナーの腕がいいんだろうか?


「本当に香川県の人が作ってるみたいな出来栄えだよ」

「そうかな?」


 他の2人もそう思っていた。まるで香川県で食べる讃岐うどんのようにおいしい。どういう事だろう。オーナーが香川県民なんだろうか?


「うん。僕にはわかるんだ」


 3人はあっという間に食べ終えた。薫はその様子をじっと見ている。おいしそうに食べていたようで、嬉しいな。今度は本場の讃岐うどんを食べてほしいな。


「さて、行こうか?」

「うん」


 薫は帰っていく3人を見ていた。3人はこの後、どこに向かうんだろう。どこに向かうかわからないけど、楽しい修学旅行にしてほしいな。


「ん?」


 と、薫は名札を見て、アッと思った。その内の1人が『池辺』の名札を付けているのだ。まさか、弟? どうして自分と同じ名字の中学生がいるんだろう。まさか、栄作の息子だろうか?


「ちょ、ちょっと、君?」


 だが、3人は店を出て行ってしまった。3人は薫の声が全く聞こえなかった。薫は呆然とした。あの子に話がしたかった。


「い、行ってしまったか・・・」


 と、そこに従業員がやって来た。薫の様子が気になったようだ。


「どうしたんですか?」

「いや、何でもないよ・・・」


 薫は下を向いた。あの子が気になる。ひょっとして、栄作の息子だろうか? 会いたかったのに、話がしたかったのに。

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