5

 その夜、薫は居酒屋で考えていた。あの池辺という子は誰だろう。まさか、栄作の息子だろうか? それとも、遠い親戚だろうか? あの時、会えなかった後悔でいっぱいだ。


「うーん・・・」

「どうしたんですか?」


 店員の1人が声をかけた。薫はその声に反応し、横を向いた。


「今日、修学旅行に来た男の子、いたでしょ?」

「ああいたね。その子たちがどうしたの?」


 確かに今日のお昼に来ていた。だけど、その子供たちがどうして気になるんだろう。まさか、身内が来たとかだろうか?


「その子の中に、『池辺』っていう名字の子がいたんだ」


 店員は驚いた。なんという偶然だろう。というより、親族ではないか? でも、薫は一人っ子と聞いた。だとすると、薫の弟だろうか? それとも、遠い親戚だろうか?


「えっ!? 店長と一緒じゃん!」

「うん。思ったんだけど、ひょっとして、父さんの新しい子なのかなと思って」


 薫は生中を飲んだ。薫は思っていた。あの子は栄作の再婚相手の子だろうか? それとも、養子だろうか? 栄作に聞きたいが、すでに縁を切られている。何も教えてくれないだろう。薫は半ばあきらめていた。


「どうだろう」


 店員も思った。ひょっとして、栄作の新しい子だろうか?


「会ってみたかったんだけど、気づくのが遅くて、帰ってしまった」


 薫は後悔でしかなかった。あの時、話しかけたかったな。そして、本当に栄作の子供か、聞きたかったな。栄作は今、何をしているのか、俊介、安奈は元気にしているんだろうか?


「そうだったんだ」


 店員は思った。本当は故郷に帰りたいんだな。故郷に帰れるのを願いたいな。


「父さん、今頃何をしてるのかな?」


 もう縁を切られているとはいえ、とても気になる。もう一度縁を取り戻して、香川に帰れたらいいな。だけど、栄作は頑固な性格で怖いから、もうかなわないだろう。


「心配なの?」

「うん。もう二度と会いたくないと言っているけど」


 縁は切られているとはいえ、奇跡を信じてやまない。そんな薫の姿を見て、店員は応援したくなった。


「いつかまた帰れると信じてますよ」

「ありがとうございます」


 いつか香川に行ってみたいな。実家の池辺うどん、食べてみたいな。絶対おいしいに決まってる。店員は薫の故郷、香川を思い浮かべた。


「もし帰れたら、あのうどん、食べたいな。だって名店だもん」

「そうだろう」


 薫は生中を飲んだ。生中を切らした。もう1本飲もう。


「すいませーん、生中おかわり!」

「はい!」


 居酒屋の店員はすぐに中ジョッキにビールを注ぎ、薫のもとに持ってきた。


「まさか、会うとは思わなかった?」

「うん」


 今日は香川県から修学旅行生が来ているといううわさは聞いた。だが、まさか池辺という男の子が来るとは思っていなかった。


「また会えたらいいな」

「そうだね」


 ふと、薫は思った。また今度、東京に来た時に、あの子に話しかけたいな。本当に栄作の子供なのか。もしそうなら聞きたい。そして、栄作は元気にしているのか。


「今度会った時は、本当に父さんの子供なのか、聞きたいな」

「うん」


 と、今度は居酒屋の店員がねぎまのたれを持ってきた。注文していた焼き鳥だ。


「お待たせしました、ねぎまタレでございます」

「ありがとう」


 薫は少し涙を流した。もうどんなに謝っても、許してくれないだろう。そう思うと、自然に涙が出てくる。あの時、道を踏み外していなかったら、香川県にいるのに。


「もう父さん、許してくれないと思うな。でも帰りたいな。そして、うどん屋を継ぐんだ」


 その夜のビールは涙割りになった。その様子を、居酒屋の店員はじっと見ていた。




 日付が変わって、薫は自宅に帰ってきた。明日が休みの日、薫は居酒屋で飲んで、終電で帰るのが定番だ。薫はかなり飲んで、酔っ払っていた。顔はほんのり赤い。でもそれが頑張った自分へのご褒美だ。


 薫はそのままベッドに仰向けになった。薫は栄作の事を思い出した。


「父さん・・・。今頃、何をしてるのかな?」


 やっぱり気になる。だけど会えない。


「会いたいよ・・・」


 そのまま薫は寝入った。そんな中で、薫は香川県に帰る夢を見た。


「ここは?」


 薫の目の前には池辺うどんがある。18で香川を出た時と全く変わっていない。まるで自分の帰りを待っているかのようだ。薫は涙が出てきた。いろいろあったけど、やっと帰ってこられた。


「実家だ・・・」

「薫、戻ってきたんだね」


 薫は振り向いた。そこには俊介がいる。薫は驚いた。まさか、待ってくれていたとは。そして、僕の事、忘れていなかった。そう思うと、また涙が出てくる。


 そこに、栄作がやって来た。栄作はとてもやさしい表情だ。まるで、薫の帰りを待っていたかのようだ。


「父さん」

「これからまた頑張ろう」

「うん!」


 薫は栄作のもとに来ようとした。だが、アスファルトが突然抜けた。なんと落とし穴だった。落ちた薫を、栄作が上から笑みを浮かべて見下ろしている。まさか、それは騙しだったのか?


「うわっ・・・」

「てのは嘘だ! もう二度と香川に来るな!」


 今さっきの笑顔が嘘だったかのように、栄作は厳しい表情になった。面会に来た時の顔そっくりだ。まさかこれが嘘だったとは。今さっきは嬉し涙だったのに、今度は悔し涙を流してしまった。


「そんな・・・」

「もう会いたくない!」


 そして、栄作は去っていった。俊介と安奈も消えていった。


「父さん! 父さん!」


 薫は目を覚ました。夢だった。目の前には栄作も俊介もいない。あまりにも泣けてくるけど、それが現実だ。


「夢か・・・」


 薫はため息をついた。どうか父さん、僕を許してくれ。一緒に店で頑張ろう。それにしても、あの子が気になる。いったい誰だろう。

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