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次第に従業員がやってきた。従業員の多くはアルバイトで、それらを店長の薫が率いている。刑務所から出てきた薫は、めきめきと力をつけて、いつの間にか店長となり、みんなに慕われる存在になった。まるで罪を犯していないように見える。だがそれは、罪を償おうと努力してきた結果だ。
「おはよう」
「おはようございます、店長」
薫は声をかけると、従業員は笑顔を見せた。今日も頑張ろうという気持ちになれる。
「おう、今日も頑張ろうな」
「はい!」
薫は生地をこねている。従業員はその様子を見つつ、別の工程の仕事をしている。薫は彼らのあこがれだ。
「本当に池辺さんはうまいね」
「ああ」
薫は苦笑いをしている。うまいと言われると、なぜか顔がほころんでしまう。どうしてだろう。
「やっぱ、あの店の子だもんな」
従業員のほとんどは知っている。薫の父は香川県で一番と言われている名店、『池辺うどん』の店主、池辺栄作だ。香川県ではとても知られた名前で、うどん好きの間でもそこそこ知られている。
「うん。だけど・・・」
だが、薫は浮かれない。どんなに頑張っても、栄作に再会できない、香川県に帰れないだろう。本当は帰って、栄作と一緒に頑張りたいのに。自分の罪のせいでもう戻れない。そう思うと、いつも下を向いてしまう。
と、1人の従業員が薫の肩を叩いた。従業員は笑みを浮かべている。
「大丈夫だって。いつか仲直りできて、帰れる日が来るよ」
「本当かな?」
薫は疑い深い。栄作は頑固だから、絶対に許してくれないだろう。それを知って、励ましているんだろうか? 実際に栄作に会った事があるんだろうか? もし会っていないのなら、会ってみてよ。絶対に許してくれそうにないと思うだろう。
「俺は信じてるから」
「ありがとう」
薫は少し笑みを浮かべた。だが、すぐに元に戻った。もう許してくれないだろうと思っている。やっていなければ、自分は香川県で頑張っていたのに。いくら後悔しても無駄だ。やってしまった事はもう償えない。一生ついて回るだろう。今自分は、それを肌で受けているんだ。これは自分へのお仕置きだろう。
「実家、どうなっているのかな?」
薫は故郷を気にしていた。今頃、栄作はどうしているんだろう。従業員の荒谷夫妻はどうしているんだろう。とても気になるが、実家にはもう二度と戻れないだろう。
「気になるの?」
従業員は、薫が何かを考えているような仕草が気になった。もし悩んでいる事なら、はっきりと言ってほしいな。
「うん。まだ父さん、やってるかな?」
「どうだろう」
従業員は知っていた。この人はもともと、跡取り息子だった。だが、罪を犯してしまったために、実家に帰れなくなった。そしてここで頑張っている。
「許してほしいな、過去の事」
薫は思っていた。やってしまった事はやってしまったんだから、もうそんな事を忘れて、再び香川県で頑張りたい。そして、店の後を継ぎたい。それが一番の親孝行になるんじゃないかと思っている。
「そうだね。もう過去の事なんだから、もう理解してほしいよね」
「うん」
従業員も同じ気持ちだ。まだ再会できていない、和解していないけど、いつかは帰れる時が来る。その時には、その店に行きたいな。本場の讃岐うどんを食べたいな。
「俺は継ぎたいと思ってるのに、どうすればいいんだろう」
「大丈夫大丈夫。きっと継げるって」
従業員は励ましている。だが、薫の表情は変わらない。栄作って、よほど怖い人なんだな。
「ありがとう」
薫は立ち直ったように話しているが、本当は立ち直っていない。従業員は心配そうに見ている。彼らを指導する立場なのに、大丈夫だろうか?
「さて、頑張るか」
「うん」
だが、いつまでも下を向いてばかりではいけない。待っている客のためにもうどん作りを頑張らないと。頑張っていれば、必ず帰れるから。
「店長の腕には憧れるね。なんかプロを見てるみたい」
「ありがとう」
従業員は薫の腕にほれぼれしている。これが有名な讃岐うどん店の店主の息子なんだな。でも、その父、栄作はもっと上なんだな。どういう作り方をするんだろう。生で見たいな。
「いつか、実家の店で働いてる姿、見たいな」
「見れるかなぁ・・・」
薫は苦笑いをしている。もうできるはずがない。栄作とは縁を切られているのだから。
「見れるって!」
「だったらいいけど、父さんが・・・」
帰れると思うたびに、栄作の表情が頭に浮かんで、その気ではなくなる。
「大丈夫大丈夫」
「うーん・・・」
従業員は薫の肩を叩いた。薫は背筋が立った。こんなに多くの従業員に慕われている。自分がへこんでいたら、どうにもならないだろう。彼らに背中を見られているのなら、頑張らなければ。
「僕、絶対に帰れると信じてるよ。もし帰れたら、池辺うどんに行きたいな」
「そう。ありがとう」
薫は思った。ぜひ、来てほしいな。そして、金毘羅山参りをして、池辺うどんで本場の讃岐うどんを食べてほしいな。そのコシの強さにはびっくりするだろうから。
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