23
だが、望はそんな話を全く知らなかった。そして、いつものように帰り道を歩いていた。誰も注目していない。僕は普通の子だ。そう思っていた。本当はそうではないと思われているのに。
望は家に戻ってきた。今日は子供たちの帰りが早いので、安奈は早く家に帰っているようだ。俊介はいつも通りの時間まで仕事をしているという。
「ただいまー」
安奈が玄関にやって来た。安奈はエプロンを付けている。
「おかえりー。どうだった?」
「楽しかった」
望は笑みを浮かべている。よほど楽しかったようだ。
「それは何より」
だが、安奈は不思議な目で望を見ている。望は気になった。どうしたんだろう。今日の遠足の事で何かがあったんだろうか?
「どうしたの?」
「先生から聞いたんだけど、望くん、うどん作りがすっごくうまかったって」
「えっ!?」
望は信じられなかった。栄作に少し教わり、体験しただけでこんなに言われるとは思っていなかった。こんなに噂になるなんて。
「いや、本当だよ。本気で継ぎたいの?」
「うん」
望は継ぎたいとはっきり言わなかったが、それを聞いて初めて継ぎたいと明かした。
「そっか。それは嬉しいな。池辺うどんって、大将の代で終わりかなと思ったけど、継いでくれそうな人が見つかってよかったよ。薫があんなことになった時は、どうなった事やら」
安奈は気にしていた。薫が逮捕された時、これがきっかけでこのうどん屋がいろいろ言われるだろうから、栄作の代で終わりだと思っていた。だが、授かった養子がここまで覚えて、そして継ぎたいと思っているとは。きっと栄作も喜ぶだろうな。
「薫って?」
「お父さんの息子。望のお兄さんにあたるんだよ。あの子、悪い事をして捕まったんだ。で、大将とは縁を切っているんだ。大将、もう香川に帰ってくんなと言っている」
望は薫の事を知らなかった。自分には兄がいたんだと、望はその時、初めて知った。だが、ここまで全く明かさなかったのだから、相当大変な事をしたんだな。栄作ももう思い出したくないんだろうな。
「そんな事があったんだ」
「だから望、悪い事したらいかんぞ! やってしまったら、もう香川に帰れなくなるかもしれないんだぞ」
安奈は強い口調になった。決して薫のように、悪い事をやって捕まらないようにしてほしい。いい子に育ってほしい。それがみんなの願いだ。
「わかってるって」
「それはよかった。望、期待してるわよ!」
安奈は望の頭を撫でた。薫とは違う、いい子に育ちそうだ。望は嬉しそうだ。
「ありがとう」
ふと、安奈は薫の事を思い出した。薫は今頃、どうしているんだろう。とっくに刑務所を出ているはずだ。どこにいるんだろう。ちゃんとした所に就職しているのだろうか? もう一度、ここに帰ってきて、一緒に働けたらいいな。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
「ふーん」
望は安奈の様子が気になった。薫の事が気になるんだろうか? 会いたいと思っているんだろうか?
「さて、ゲームでもするか」
望は2階に向かった。今日は疲れたから、少し休んでからゲームをしよう。
それと入れ替わるように、俊介が仕事を終えて帰宅した。安奈は振り向き、笑みを浮かべた。
「どうだった?」
「継ごうと思ってるって」
俊介は喜んだ。継ごうと思っているって事を話したら、きっと栄作も喜ぶだろうな。
「そっか。それはよかった」
「将来が楽しみだね」
「うん。いつになったら一人前になるのやら」
「どうだろう」
だが、栄作のしている事は、そこら辺の体験施設よりずっと厳しい。あと何年で栄作ぐらいに腕を上げるんだろう。その頃には、栄作はどうなっているんだろう。
「あの子が働く姿、早く見たいね」
「うん」
望はその頃、ベッドに仰向けになっている。2人の会話など、全く聞こえない。俊作や明日香が帰るのを待っていた。
翌日、望はいつものように通学団の集合場所にやって来た。昨日の疲れはすっかり癒せた。また今日も元気にやっていこう。
「おはよう」
「おはよう」
と、そこに同級生の松本がやって来た。いつもはやってこないのに、どうしたんだろう。
「昨日のあれ、何だったの?」
「何って?」
望はわからなかった。昨日のあれとは、何だろう。はっきりと教えてほしいな。
「あのうどん打ち!」
「な、何の事かわからない」
松本は見ていた。他の子よりもはるかに上手だったので、みんなびっくりしていたようだ。だが、望はそれが普通だと思っている。
「とても上手だったから、何だったんだろうと思って」
「な、何でもないよ・・・」
望はまだ信じられないようだ。少し習っただけなのに、こんなに言われるとは。自分は相当すごいんだろうか?
「いや、すごいって!」
「本当かな? ちょっと父さんに教えてもらっただけだけど」
松本は望の父の事を考えた。かなり有名なうどん屋の店主だ。こないだの夏休みの行列はすごかったな。両親が常連客だ。夏休みに食べに行ったんだけど、行列が長くて大変だった。さすが有名店だと改めて実感する瞬間だった。
「それでもすごいよ!」
「そうかな・・・」
望は照れている。いまだに信じられないようだ。
と、そこに通学団長がやって来た。そろそろ小学校に出発するようだ。
「行くよー!」
「はーい!」
望ら通学団はいつものように小学校に向かった。望は生地を踏みながら、その様子を見ている。この子がいつか、この店を継ぐんだろうなと思うと、少し顔がほころんだ。この代で終わりだと思っていた池辺うどんを、養子が継いでくれるとは。この子の未来に期待したいな。
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