22

 生徒と引率の先生は、遠足の目的地に着いた。讃岐うどんの体験施設は琴平町のはずれにあり、観光客も体験目的でやって来るという。その中には、外国人観光客の姿もあるという。彼らはよく、金刀比羅宮にお参りに行った帰りに体験するという。


 生徒や引率の先生はハイデッカーバスから出てきた。みんな、遠足を楽しみにしているようで、笑みを浮かべている。今日はどんな体験が待っているんだろう。期待しかない。


「ここかー」


 望は体験施設の建物を見た。先日行ったところよりも立派だ。もっと面白い体験ができるんじゃないかと思った。


「楽しみだね」

「うん」


 他の生徒も楽しみにしていた。どんな先生がいるんだろう。うまく作れるんだろうか? 不安になる生徒もいた。だが、望は平常心だ。栄作に言われた、自分の力を見せてやれという言葉を聞くと、気合が入る。


 館内に入って、しばらく待っていると、先生と思われる人がやって来た。栄作ほどではないが、怖そうな人だ。彼の顔を見ると、なぜか気合が入る。そして、やってやろうという気持ちになれる。


「それでは、始めます!」

「はーい!」


 目の前には、中力粉と水と塩が入っている。すでに材料は入っているようだ。これからこねるのだろう。望は見ただけでわかった。


「まず、生地をこねましょう」

「はーい!」


 それと共に、彼らはこね始めた。ここはパンのようだ。誰もが楽しそうに作っている。普通では体験できない事なので、みんな嬉しいのだろう。


 だが、やっていくうちに、疲れてくる生徒も出てきた。それでもこれぐらいこねなければ、うどんにはならない。先生は温かい目で見ている。まだまだこれぐらいだけど、これぐらい作れるようになってほしいな。


「はぁ・・・。はぁ・・・」


 中には息を切らしている生徒もいる。そして、汗をかいている生徒もいる。


 と、先生は1人の生徒の前にやって来た。こね方に対して言いたい事があるのだろう。だが、他の生徒は全く気付いていなかった。


「もっと力を入れようね」

「はい・・・」


 生徒は下を向いていたが、それでも続けていた。だが、もう限界が近い。それでも続けなければ。こうでないとうどんにはならない。


 と、先生は1人の生徒に驚いた。とてもうまいし、全く表情が変わらない。何だこの子は。次第にどの先生も注目するようになった。


「この子、なかなかいいね」

「あの子? そうだね。この年でこんなにできるって」


 と、望は先生の視線が気になった。どうして自分の事をジロジロ見ているんだろう。まさか、自分の作り方に問題があるのでは? それとも、すごいなと思いながら見ているんだろうか?


「どうしたんですか?」

「いや、何でもないですよ」


 だが、彼らは何も言おうとしない。望は首をかしげて、再び作業を進めた。


 こねが終わると、次は踏みだ。踏みはうどん作り体験の中でも最も人気が高い。多くの観光客はこれを楽しみにしているほどだ。


「次は、踏みに入りまーす」

「はーい!」


 生徒はビニールに入れた生地を踏み始めた。これが讃岐うどん作りの真骨頂のようなものだ。これで讃岐うどんのコシは決まると言われている。生徒はみんな、この作業を楽しみにしている。


 だが、踏んでいくうちに、疲れてくる生徒が出てきた。こねに踏みに、こんなに作るのが大変なんだと生徒は実感している。


「はぁ・・・。はぁ・・・」


 そこに、先生がやって来た。先生は笑みを浮かべている。疲れても頑張っている生徒を見ると、応援したくなる。


「疲れてきた?」

「うん」


 生徒は汗をかいている。だけど、もっと踏まないと。踏まなければ讃岐うどんにはならない。


「だけどもっと頑張らなくっちゃね」

「うん」


 だが、一部の生徒は苦しそうにしている。だが、何とか頑張っている。よく食べているのに、作るのって、こんなに大変だとは。


「もうだめだ・・・」

「頑張って!」


 先生は励ましている。だが、生徒は苦しそうだ。


「うん」


 だが、先生のほとんどは望に注目していた。名前は知らないけれど、この男の子、こねと言い踏みと言い、なかなかいいな。すごいうどん職人になりそうな雰囲気だ。


「うーん・・・」

「どうしたの?」


 横にいた普通の先生が話しかけた。その先生も望が気になっているようだ。


「やっぱりあの子、すごいなー」

「本当だ! あの子、まさか神童・・・」

「そんなわけないっしょ」


 ちょっとそれは言い過ぎだろう。これからどんな大人になるのかわからないのに。まだまだ将来を考える時期じゃないのに。


「だけど、どうしてこんなにうまいんだろう」

「わからない」


 この後は熟成と菊もみがあるが、ここは省略になる。次にまた踏みの作業に入る。だが、生徒のほとんどはくたくただ。だが、続けなければならない。


「次に熟成した生地を、また踏みまーす」

「はーい!」


 すると、彼らはまた踏み始めた。生徒は疲れていて、踏む力もない。


「みんな頑張ってるね」

「うん」


 だが、それでも彼らが注目していたのは、望だ。この子は何だろう。どうしてこんなに作るのがうまいんだろう。誰に教わったんだろう。


「やっぱりあの子・・・」

「本当にうまいね。何だろう」


 と、そこに1人の男がやって来た。どうやらこの少年の事を知っているようだ。


「どうしたんだい?」

「あの子の名前、知ってるか?」


 この子を知っているとは。相当有名なんだろうか? 初めて見た子供だ。もしかして、天才少年と言われているんだろうか?


「知らない」

「池辺望」


 その名字を聞いて、ある男を思い出した。それは、綾川町にある名店、池辺うどんだ。香川県で一番おいしいと言われている名店で、大型連休になれば大行列ができる人気店だ。


「あの、名人の?」


 先生はその店を知っていた。あそこの大将である栄作の作ったうどんはとてもおいしい。


「ああ。池辺栄作さんの息子らしいぞ」

「そんな・・・」


 まさか、栄作の子供が遠足に来ているとは。とんでもない子供がここに来たものだ。

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