18

 それから3日後、3人はいつものように勉強をしていた。徐々に進めていき、後は自由研究だけになった。だが、その自由研究がうまくいかない。毎年そうだ。どうすればいいのか、いろいろ考えているが、どれもうまくいかない。


「あっついなー」


 望はぐったりしていた。あまりにも暑い。いつまでこんな日が続くんだろう。早く秋にならないものか。だけど、秋になったら、夏休みが終わって、また小学校だ。


 ふと、俊作は何かに気が付いた。


「今日は香川県代表の試合だね!」

「本当?」


 望は全くその事を知らなかった。高校野球にはあまり興味はない。だが、香川県の代表だと聞くと、応援したくなる。


「うん。今回も閉店している時間に試合開始予定だって」


 今回の試合も夕方からの予定で、閉店後に池辺うどんで見ようと言われていた。望はその約束をすっかり忘れていた。


「じゃあ、その時間になったら行くか」

「そうだね」


 望はテレビをつけた。テレビでは、全国高校野球の試合がやっていた。香川県代表の試合の前の試合だ。試合はすでに終盤になっている。


「そろそろだな」


 俊作はテレビを消して、池辺うどんに向かった。今回もここで見よう。


 3人は池辺うどんの前にやって来た。盆休みに入り、より多くの人がやって来たが、それがまるで嘘のように周りは静まり返ている。だが、明日になるとまた長い行列ができるだろう。


 3人は池辺うどんに入った。そこには、栄作と俊介と安奈がいる。営業時間を過ぎて、後片付けをしているようだ。


「どうした?」


 誰かが入ってきたのに気が付いて、俊介が入り口を見た。3人がいる。


「そろそろ時間だから来た」

「ああ、入って」

「お邪魔しまーす」


 3人は店内に入った。店内は静かだ。今さっきの騒然とした風景が嘘のようだ。


「今さっきの騒がしさが嘘のようだ」

「ほんとほんと」


 俊介はテレビをつけた。すると、安奈もやって来た。すでに前の試合が終わり、これから香川県代表の試合だ。今回の相手は優勝候補の1つだ。だが、こっちもなかなかの強豪だ。勝ちは絶対に譲らない。


 両チームがホームベースに集合した。いよいよ試合が始まる。


「おっ、試合が始まった!」

「さて試合だ試合だ」


 主審はプレイボールのサインを出し、試合が始まった。香川県代表は先攻だ。この試合はどうなるんだろう。どうであれ、勝ってほしいものだ。


「頑張れ頑張れ!」


 と、先頭打者の打球は、ライトスタンドに吸い込まれた。ホームランだ。まさか先頭打者ホームランで先制とは。


「よっしゃ先制!」


 俊作は喜んだ。このまま逃げ切って、勝ってほしいな。


「このまま逃げ切れー!」


 試合はそのまま進み続けた。今回は投手戦だ。1点が命取りになるだろう。誰もがその1球1球に注目していた。


「さて中盤だ」


 次第に、栄作もその様子を見始めた。後片付けを終えたようだ。


「どうなるだろう」


 俊介は立ってその様子を見ていた。


「よく頑張ってるなー」

「今年のエースはプロ注目だもん」


 今年の香川県代表のエースは、プロ注目の右腕で、ドラフトで複数の球団が指名を考えているそうだ。


「そっか。頑張ってほしいね」

「だがなぁ、プロに入っても活躍できるかどうかって、わからないんだよな」


 栄作は厳しい。たとえプロに入ったとしても、本当に活躍できるのは、ほんの一握りだ。一握りに入らなかった選手は、戦力外になり、新しい道に進むだろう。


「そうそう! 活躍できなくて戦力外になって引退する選手って、いくらでもいるんだから」

「そうだね。プロになってからが重要だね」


 俊介はそう思っている。たとえプロになったからとはいえ、天狗になってはならない。これからもっと厳しい世界が待っている。油断してはならない。


「暗い話をしないでよ」

「ごめんごめん」


 俊介は俊作に注意された。俊介は少し下を出した。まだ先は決まっていないんだ。これからもっと頑張って、道を決めればいい。


 やがて、試合は終盤に入った。今年はどうなる事やらと心配だったが、思った以上に頑張っている。どれもこれも、プロ注目のエースのおかげだ。


「さて終盤だ」

「頑張れ頑張れ」


 だが、エースは1アウト3塁のピンチを迎えていた。スクイズでも犠牲フライでも命取りだ。どうやって抑えるんだろうか? 6人はテレビの前にくぎ付けになっていた。


 だが、バッターが放った打球はライトフライになった。タッチアップと共に、3塁ランナーが走りだし、同点のホームを踏んだ。


「えっ、同点・・・」

「これが一球の重みだな」

「そうだね」


 6人はがっくりしていた。だが、まだまだイニングがある。その間に、勝ち越せばいいじゃないか。うちの打線は強い。絶対に勝ち越してくれるさ。


「でもきっと援護があるさ」

「そうだね。援護に期待しよう!」


 誰もが援護点があると期待していた。必ず勝つ、そして優勝するだろうと思っていた。


 9回表に入り、勝ち越しのチャンスがようやくやって来た。これで勝ち越せば、勝てるだろう。


 2アウト2塁からタイムリーヒットが飛び出した。これで勝ち越しだ。このまま突き進め。


「よっしゃ勝ち越し!」

「このまま突き進めー!」


 みんな興奮した。やっと勝ち越した。このまま逃げ切って、次に駒を進めよう。結局この1点だけに終わったが、この1点は大きいと誰もが思っていた。


「さて最終回だ」


 いよいよ9回裏だ。これを抑えれば、次に進める。


 試合は2アウトまで進んだ。フォアボールで1塁にランナーがいるが、あと1人抑えれば、次に進める。あと少しだ。頑張ってくれ。6人は願っていた。


「あと1人! あと1人!」


 だが、抑えようとしたバッターの打球は、レフトスタンドに吸い込まれていった。逆転サヨナラ2ランホームランだ。まさか、こんな形で終わってしまうとは。それを見ていた部員は涙を流している。よほど悔しいんだろう。


「えっ・・・」

「うわぁぁぁぁ、サヨナラホームラン・・・」


 6人はがっかりして、開いた口が塞がらない。こんな結末に誰がした。今さっきはであと1人と言って、盛り上がっていたのに、1振りでそれをぶち壊された。


「負けたか・・・」

「みんな悔しそう」


 俊作にはその気持ちがわかった。もう3年生はこれで引退。もうこの仲間と野球ができない悔しさでいっぱいだろうな。


「悔しいだろうな」


 だが、安奈は開き直った。ここまで頑張った選手たちをほめたたえよう。


「まぁ、よく頑張ったとほめようよ」

「そうだね」


 と、安奈は厨房に向かった。今日はざるうどんにするようだ。


「今日はお疲れ様って事で、ざるうどんにしましょ」

「うん!」


 安奈はうどんをすぐに湯がき、氷水で締めた。俊介は天ぷらをテーブルに用意している。


「天ぷらはここから自由にとってね」

「はーい!」


 程なくして、ざるうどんができた。とてもおいしそうだ。冷たい面を食べたら、暑さが吹っ飛ぶだろう。


「いただきまーす」


 6人はざるうどんを食べ始めた。コシがあってうまい。それに、天ぷらもおいしい。


「やっぱおいしいわ! コシがあって」

「そうだろ? 冷やすとコシが生きてくるんだ!」


 栄作は喜んでいる。これがかたくなに守ってきた伝統の味だ。栄作は自信気だ。


「まぁ、今日は負けてしまったけど、頑張った球児にカンパーイ!」

「カンパーイ!」


 俊介と安奈はコップに入ったビールを飲んだ。負けちゃったけど、ここまで頑張った球児をほめたたえよう。

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