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 8月上旬、小学校は夏休み真っただ中で、小学生は長い夏休みを利用して、遊んだり宿題をしていた。毎日暑い日々が続いていて、何日も夕立以外の雨が降っていない。水不足が深刻化していたが、あまり騒ぎになっていないという。


「あっつー」


 望はぐったりしていた。今日も朝から暑い。こんなに熱いと、テレビゲームも宿題もやる気がなくなってくる。


「暑くてなんもやる気が出ないよ」

「うん」


 俊作はテレビゲームをしていたが、あまり元気じゃない。暑さでぐったりしてりうようだ。明日香は勉強をしているが、暑さのせいで進みがよくない。


 と、望は思った。こんな暑い日だからこそ、冷たい讃岐うどんでも食べようかな? そうすれば、少しは元気になるのでは?


「お昼は冷たいうどんでも食べるか?」

「そうだね」


 そろそろお昼時だ。池辺うどんに行ってみよう。今は夏休みだ。どれぐらいの人が並んでいるんだろう。気になるな。


 3人は池辺うどんの前にやって来た。池辺うどんには多くの客が並んでいる。夏休みのためか、いつも以上だ。でも、盆休みになったらどれぐらいの行列ができるんだろう。もっと多くの人が並ぶだろうな。こんな暑い中で交通整理をしている警察は大変だな。


「そこそこ並んでるなー」

「あとちょっとでお盆だけど、この時期になると特に多くの人がやってくるんだよなー」


 俊作は思った。お盆になると、どれぐらいの人が並ぶんだろう。


 1時間待って、ようやく3人は店に入れた。店では栄作と俊介、安奈がいつものように働いている。


「いらっしゃい、あれ、俊作じゃん!」


 俊介は3人が来たのに反応しているようだ。まさか来るとは。暑いから冷たいうどんを食べに来たんだろうか?


「うん。すだちおろしの並で!」

「じゃあ僕も!」

「私も!」


 3人ともすだちおろしうどんを注文した。暑い夏こそ、さっぱりとしたものが食べたくなる。


「すだち並3丁!」


 と、そこに栄作がやって来た。3人が来たのに反応したようだ。


「来たのか・・・」

「暑そうだったから、冷たいうどんを食べに来たのかね」


 栄作は笑みを浮かべた。こんな時こそ、冷たいうどんだな。


「そうだな。冷たくてさっぱりするすだちおろしは、夏にいいからね」

「うん」


 すだちおろしうどんをもらうと、3人は天ぷらに目もくれず、会計に向かった。最初から何もトッピングをしないようだ。


 3人はテーブル席に座った。すでに多くの人がすすっていて、すする音がよく聞こえる。


「いただきまーす」

「やっぱりすだちおろしは夏に最高!」

「そうだね」


 と、カレンダーを見て、安奈は何かに気が付いた。


「そういえば今日は香川県の高校が夏の甲子園の初戦だね」

「ああ」


 兵庫県の甲子園球場では、全国高校野球選手権大会が行われていて、今日の夕方ぐらいから、香川県の代表が出る。地元として応援しないと。


 3人がすだちおろしうどんをすすっていると、俊介がやって来た。何をしに来たんだろう。


「俊作!」

「何、パパ」


 俊作は俊介の方を向いた。


「今日の香川県代表の試合、ここで見ようか?」

「いいの?」


 俊作は驚いた。まさか、冷房のかかったこの店で見られるとは。もちろん行きたい。


「ああ、いいよ。閉店後で客はいないし、大将にもOKもらってるから」

「本当? ありがとう」


 池辺うどんは午後3時で閉店だ。すでに客はいない。そんな中でのんびりとテレビを見られるし、夕食は天ぷらだろう。


「家で見るより、ここで見るのもいいぞ」

「そうだね」


 望もここで試合を見ようと思った。ここなら冷房がかかっていて、快適に見られるだろう。


「じゃあ、みんなで見ようか?」

「うん」

「ごちそうさま!」


 3人はすだちおろしうどんを食べ終え、返却口に食器を返した。3人はその様子を、温かい目で見ている。


「じゃあ、また夕方に来るね」

「ああ。待ってるよ」


 3人は池辺うどんを後にした。試合が近くなったら、またここに来よう。


「まさか、うどん屋で観戦するとは」

「思ってなかったけど、面白そうだね!」


 望は考えた。テレビ中継を見ながら、時間が近づいたら、池辺うどんに向かおう。


「じゃあ、前の試合が7回になったらうどん屋に来ようよ」

「そうだね」


 帰宅した3人は、リビングでくつろぎながら、テレビ中継を見ていた。テレビからは、暑い中一生懸命プレーする高校球児の姿が映し出されている。彼らは負けたらそこで終わり、3年生は引退になる。負けた悔しさや、もうこのメンバーと野球ができない辛さで、涙する高校球児の姿は、胸が打たれる。今年はどんなドラマがあるんだろう。


「一生懸命頑張ってるね」

「うん」


 望は彼らの事が気になった。どうして負けたら泣くんだろうか? 悔しいんだろうか?


「そして負けたら涙する。どうしてだろう」

「3年生はこの試合を最後に引退してしまうからだろう」

「そっか」


 俊作は彼らの事をよく知っていた。高校3年生はこれが終わると就職活動、もしくは大学受験に進むだろう。そして、部活を引退する。


「それに、負けたのがよほど悔しいんだろうな」

「ふーん」

「もっと先輩と試合がしたいと言っても、負けたら終わりなんだね。あまりにも悔しそうだよね」


 明日香も、彼らの負けた時の気持ちがわかるようだ。もし自分なら、やっぱり涙するだろうな。


「ああ」

「野球部になったら、こんな事を経験するのかな?」

「そうかもしれない」


 望も俊作も思った。自分も野球部に入ったら、県大会止まりであっても、こんな事を経験するんだろうな。

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