15

 7月になった。梅雨が明け、徐々に暑くなってきた。この頃になると、小学校は午後の授業が少なくなり、半ドンになってきた。夏休みが近づいてきて、子供たちはとても嬉しそうだ。それと共に、夏休みの宿題も徐々に明らかになっていて、特に自由研究をどうしようか考える子供もちらほら出始めた。夏休みは遊びや旅行だけではなく、宿題も大事になってくる。それが提出できなければ、とんでもない事になると生徒は思っているだろう。


 栄作は彼らに全く関係なく、今日も深夜から仕込みをしていた。今日も多くの人に喜んでもらうために、頑張らないと。栄作は思っていた。自分の腕はまだまだだ。もっと精進して、もっといいうどんを作れるようにならないと。いいうどんを作り続けるためには、日々の精進が大切なのだ。


「はぁ・・・」


 栄作は窓を見た。そこには望がいる。まだ通学団の集合までは時間がある。その間、ここにいるようだ。ここ最近、仕込みの様子を見ている。栄作のうどん作りの作業を見学して、体験施設に行った事で、うどん作りにますます興味を持ったんだろうか? もしそうなら、嬉しいな。継いでくれるのなら、もっと嬉しい。


「あれっ!? 今日も見てんのか?」

「うん」


 栄作の表情は堅い。讃岐うどん作りはそんな簡単なもんじゃないぞ。それでも大丈夫なのか?


「どうした? 見ても何にもならないぞ」

「なんとなく見に来ただけ」


 望は何となく見に来たというが、何か理由があるんだろう。ひょっとして、仕込みを見ているのが好きなんだろうか?


「そっか。朝早くからどうしたんだろうと思ってな」

「何でもないよ」


 ふと、栄作は思った。望は讃岐うどん作りに興味があるんだろうか?


「ふーん。俺の仕事に興味があるのか? 俺みたいになりたいか?」

「いや、そうでもない」


 それはそうだろうな。まだ自分の未来を決める時期ではないもんな。だけど、悪い子には育ってほしくないな。薫のように、塀の中にはなってほしくないな。


「俺はなれとは言ってない。ただ、いい子になって、いい大人になってくれればいいんだよ」

「うーん・・・」


 栄作は深く考え込んでしまった。まだ小学校1年生だ。まだ未来なんてわからない。


「今はあんまり難しい事を考えなくてもいいさ。直にわかるようになるさ」

「はい・・・」


 望は通学団の集合場所に向かった。栄作はその後ろ姿を見ている。


「興味、あるのかな?」


 栄作は日に日に思っている。もし、継ごうというのなら、今からでも手伝いをさせてみたいな。早くから作り方を覚えさせた方がうまくなるだろうし。




 通学団の集合場所には、すでに何人かの子供たちが集まっていた。その中には、俊作と明日香もいる。みんな、暑そうな様子だ。汗をかいている子もいる。


「おはよう」

「おはよう」


 今日も栄作の仕込みを見ていたんだろうか? ここ最近、こんな事が続いているので、俊作は気になっていた。


「今日もどっか行ってたのか?」

「うん」


 やっぱり行っていた。だんだん好きになってきたのかな? 作れるようになりたいと思っているんだろうか?


「どこ行ってたんだ?」

「父さんがうどんを作る所を見てた」


 明日香もその話に反応した。今日も行っていたとは。よほど好きなんだな。


「ふーん。興味あるの?」

「あるけど・・・」


 俊作は思った。深夜に仕込みを見せただけで、こんなに興味を持つなんて。望は何かを持っているのでは?


「深夜に作る様子を見て、体験施設で実際に作って、興味を持ったのか?」

「うーん、そうかもしれない」


 それを聞いて、明日香は思った。望は池辺うどんを継ごうと思っているんだろうか? 栄作は、もう後継ぎはいい、この代でうどんは終わりだと思っていた。それでも継ぎたいんだろうか?


「将来作ってみたいと思ってんの?」

「うーん、わからない」


 望は否定している。本当は継ぎたいと思っているのに。まだまだ決める時期があるんだから、その時になるまで将来の事は考えないようにしよう。


「わからないのか。まだ考える時期じゃないんだな」

「うん」


 俊作は知っている。栄作が子供に対して嫌な目をするのは、息子が逮捕されたからだろう。だからこそ、望にはいい子に育ってほしいんだろうな。


「大将はな、いい子に育って、いい大人になってくれればいいと思ってるからな。まだ将来なんて考えなくてもいい。その時が来たら、考えたらいいさ」

「そうだね」


 と、そこに通学団長の平田(ひらた)がやって来た。


「おはよう」

「おはよう」


 平田は気になった。今日も仕込みを見ていたんだろうか?


「今日もどっかに行ってたの?」

「うん。父さんがうどんを作る所、見てたんだ」

「ふーん・・・」


 やっぱり見ていたようだ。望は栄作のやっている事に興味があるようだ。将来はうどん職人になるんだろうな。


「俊作は興味がないの?」

「どっちでもない」


 どうやら俊作は興味がないようだ。両親が池辺うどんで働いているそうだが、俊作は興味がないようだ。


「お父さんみたいにやってみたいの?」

「わからない」

「そうなんだ」


 出発時間になった。平田は先頭に立ち、小学校に向かって歩き出した。子供たちは、平田の後に続いて、歩きだした。俊介と安奈はその様子を見ている。

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