12

 6月に入り、雨が多くなった。いよいよ梅雨の時だ。この時期は傘が必要になってくる。望らが傘を持って登校する日が多くなってきた。だが、梅雨が終われば、暑い夏がやって来る。そして、夏休みもやって来る。子供たちは長い夏休みを楽しみにしていた。


 望には、もう1つ気になっている事があった。最近、栄作の様子がおかしいのだ。うどんを作っている時、なぜかそわそわしているのだ。今まで全くそんな事はなかったのに。どうしたんだろう。


「おじさん、どうしたの?」


 望は、勇気を持って聞いてみた。本当に聞いていいのか迷っていた。栄作は仕事中だ。仕事中は集中させた方がいいのに。


「いや、最近うどんが盗まれてるんで」


 望は驚いた。まさか、うどんが盗まれているとは。誰の仕業だろう。早く捕まえないと、池辺うどんの利益につながってくるかもしれない。


「本当?」

「うん」


 ふと、望は思った。踏んでいる間に、誰かがこっそりと入って、讃岐うどんを盗んでいるのでは? 踏んでいる間は、出入り口が栄作には見えない。その瞬間を狙って、忍び込んでいるのでは?


「泥棒じゃないの?」

「きっとそうだろう」


 栄作は怒っていた。せっかく客のために作った讃岐うどんを盗むなんて、絶対に許せない。


「父さんの作ったうどんを盗むなんて・・・」


 望も許せないと思った。早く捕まえて、栄作に怒ってもらいたいな。


「望も許せないと思うか?」

「うん」


 盗まれた事を考えると、逮捕された薫の事を思い出した。薫は今も牢屋だろう。牢屋から出てきても、もう香川県に帰って来るな。家を継ぐんじゃないぞ。


「だろうな。盗みは悪い事だよな。望、父さんの上の子供みたいになるなよ」


 望は首をかしげた。栄作には上の子供がいたんだろうか? だとすると、僕はその弟にあたるのかな? 上の子供って、そんなに悪い事をしたのかな?


「うん」


 そろそろ出かける時間だ。望は通学団の集合場所に向かった。


「いってらっしゃい」

「行ってきます」


 向かう様子を、栄作は見ていた。そして、栄作は期待していた。この子はいい子に育ってくれそうだ。温かく見守ってやろう。


 それからしばらくして、俊介と安奈がやって来た。


「まったく、誰があんなひどい事してるのかな?」


 2人も泥棒の事を気にしていた。2人も泥棒が許せなかった。栄作の作った讃岐うどんを盗むなんて。栄作はとても起こるだろうな。


「お金のない人かな?」

「そうかもしれないな」


 お金がないから盗むっていうのは、泥棒の理由によくある事だ。今回もそれが原因だろうか?


「本当に誰だろうね」

「うん」


 と、俊介は薫の事を思い出した。薫の事は、ここで働き始めた頃に聞いた。確か、東京で大学生だった頃に、婦女暴行で逮捕された。あの時の栄作は大変だったな。それ以来、栄作はむっつりとしてしまい、薫の事を考えなくなった。


 俊介は思った。ひょっとして、薫が刑務所から出て、ここに帰ってきたんじゃないだろうか? そして、讃岐うどんを盗んだんじゃないだろうか?


「どうしたの?」

「何でもないんだよ」


 だが、あんなには話したくない。もう薫の事は忘れよう。だが、忘れられない。もう一度ここに戻ってきて、うどんを作ってほしいのに。栄作とは絶縁状態だから、もうかなわないだろう。




 その日の夕方、5人はいつものように夕食を食べていた。だが、夫婦は暗い表情だ。泥棒の事で話がいっぱいだ。それを考えると、落ち込んでしまう。


「どうしたんだ?」

「うどんが盗まれてるって」


 だが、望は表情を変えない。知っているんだろうか? まさか、栄作から聞いたんだろうか?


「大将から聞いたのか?」

「うん」


 やっぱり聞いていた。望も知っていたんだな。


「気になるな。あの子じゃないかなって思って」


 それを聞いて、望は思った。あの子とは、薫の事だろうか?


「あの子?」

「薫だよ」


 やはり薫だった。薫はこの辺りでは有名なんだな。そして、この子が継ぐはずだったんだな。




 翌朝、望がいつものように池辺うどんにやって来ると、入り口の前には俊介がいた。泥棒が来ないか、深夜から見張っているようで、少し眠たそうだ。


「誰か来ないかな?」

「どうしたんだい?」


 俊介は横を見た。そこには近隣住民がいる。普通はこの時間にいない俊介がいるのだ。今日は早番だろうか?


「最近、店に泥棒が来るっていうから、見張ってるんだ」

「無駄無駄。あいつは夜に来るの」


 だが、栄作は知っていた。その泥棒は深夜にやって来る。人気のない時間帯に来れば、誰にも気づかれずに盗めるからだ。


「そうなんだ。父さんは深夜から作業をしているのに」

「踏んでいる時間を狙って来るんだよ」


 やはりそうか。栄作が踏んでいる時は、出入り口に目がいかない。泥棒はそこを狙うんだな。


「そうなんだ」


 何としても、早く犯人を捕まえないと。池辺うどんの利益に影響が出ないうちに。




 昼下がり、望がいつものように下校をしていると、池辺うどんの前に人だかりができている。犯人が捕まったんだろうか? それとも、工事中だろうか? 望は気になって、池辺うどんに近づいた。


 望は池辺うどんの近くにやって来た。そこにはワンボックスカーが停まっている。


「どうしたの?」

「どうしたのって、防犯カメラをつけてるんだよ。盗むやつが出てきたら、とっ捕まえてやるって思ってね」


 栄作は厳しい表情だ。自分の手で犯人を捕まえてやる! そして、説教をしてやる! 泥棒は絶対に許さない。


「ふーん、本気だね」


 栄作は拳を握り締めている。栄作は必死だ。犯罪は絶対に許さない。


「ああ。俺の子の手で警察送りにしてやる」


 栄作はとても怖い表情だ。この状況では近寄りがたい。望はびくびくしながら、荒谷家に向かっていった。

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