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栄作と従業員はその様子を見ていた。2人とも笑みを浮かべている。この子は将来、うどん職人になるんだろうか? そして、栄作の後を継ぐんだろうか?
「疲れてるね」
望はかなり疲れているようだ。こんなに踏むとは思っていなかったようだ。
「ああ。でも俺はこれを1時間、2回に分けてやってるんだから、まだまだだな」
栄作はまだまだだと思っている。これをほぼ毎日、2時間踏んでいるのだ。大変だけど、こうでないと讃岐うどんにはならないと思っている。
「言われてみればそうだね。池辺さんはこうじゃないと本当の讃岐うどんにならんと言ってるからね」
従業員は知っている。栄作は昔ながらの味をかたくなに守り、そしてその味を後世に残そうとしている。
「ああ。池辺さんは伝統をかたくなに守ってる感じがいいよね」
「ありがとう」
その話を、望は全く聞いていない。踏む事に集中している。
体験が終わり、2人は荒谷家に向かっていた。望は足ががくがくだ。体育の授業よりも大変に感じた。でも、栄作はこれだけ頑張っているんだから、自分ももっと頑張らないと。
「楽しかったか?」
栄作は真剣な表情だ。この体験は楽しかったんだろうか? これでうどん作りに興味を持ってくれたんだろうか?
「た、楽しかったです・・・」
望は戸惑っていた。本当は楽しくない。苦しいからだ。だけど、栄作が自分に期待しているから連れて行ったんだ。その期待に応えなければ。そして、栄作のためにも継がなければ。
「そっか。だけどな、実際の踏みはもっと長いんだぞ」
「えっ!?」
望は驚いた。じゃあ、栄作はどれぐらい踏んでいるんだろうか? これでまだまだとは。
「1時間を2回に分けてやるんだ。そうじゃないと讃岐うどんにならん」
「ふーん」
途中で眠ってしまって、ほとんど見ていなかったけど、こんなに踏んでいるとは。しかも、その間にまだ工程があるとは。
「あれはお試しみたいなもん。俺みたいなプロはそんな生半可なもんじゃないぞ」
「そうなんだ」
体験版は誰でも楽しくできるようなもので、経験がなくてもできるようなものだ。職人ともなると、もっと厳しい作業になるだろう。望は覚悟していた。
「どんな事をしてるか、わかったか?」
「だ、だいたい・・・」
望は戸惑っている。これでわかったけど、本当の作業はまだまだだ。もっと工程があって、もっと踏まなければならない。
「そっか。俺みたいになりたいと思ってるか?」
「うーん・・・」
望は戸惑っている。継ぎたいという気持ちはあるけど、本当に自分にそんな腕があるんだろうか? まだまだ考えてから決めたいな。
「まぁ、まだそんなこと、考える時じゃないよな。じっくり考えろ。大人になるまでまだまだ時間はある。それまでに考えなさい」
「はい」
栄作は思っている。これから色んな事を経験してから、自分の道を決めなさい。自分の道は、まだ決まっていない。その時が来たら考えてもいい。
2人は荒谷家に帰ってきた。望は深呼吸した。俊作と明日香はどんな目で待っているんだろう。自分を心配しているんだろうか?
「ただいまー」
そこに俊介と安奈がやって来た。2人とも気になっていた。栄作に呼び出されて、何をしていたんだろうか?
「どうしたの?」
2人は驚いた。栄作がそんな事をさせたとは。まだ小学校1年生の望に、どうして作り方を教えたんだろう。それほど、望はうどん作りに興味があるんだろうか?
「父さんが何をやってるのか、少し体験してきた」
「ふーん」
俊介は考えた。栄作のうどん作りはとても大変だ。俊介ですら、こんなにできないと思っている。
「だけど、父さんはもっと大変なんだな」
「うん」
「うどん作りを朝早くからやってるなんて」
望は栄作の事を思い浮かべた。こんなに早くからうどんを作っているとは。
「そっか」
「だけど、自分もそうなりたいとひそかに思ってるから」
だが、望は思っていた。いつか栄作のようにうどんを作りたい。そして、栄作に認められたい。
「本当?」
「うん。父さんにはまだ話してないけど」
俊介は考えた。もし、望が池辺うどんに就職したら、若大将と言おうかな?
「そっか」
「望の作るうどん、食べてみたいな」
安奈も楽しみにしていた。この子が作るうどん、早く食べてみたいな。
「本当?」
「うん」
望は嬉しくなった。彼らのためにも、うどん作りを頑張らないと。
翌日、俊介と安奈は栄作に聞いてみた。望を本当に体験施設に連れて行ったのか。あの子はこの店を継ぎたいと思っているんだろうか? 継ごうとしている事に対して、栄作はどう思っているんだろうか?
「大将、あの子を体験施設に連れて行ったんですか?」
「ああ。何が悪い」
やはり連れて行ったようだ。小学校1年生なのに、こんなに早く体験させるとは。薫は小学校4年で初めて体験したが、この年齢で体験させるとは驚きだ。
「いや、全く悪くありません」
栄作は思っていた。小学校1年生に教えて、何が悪い。興味を持っただけで、何をやらせても大丈夫だろう。
「あの子、興味を持ったみたいね」
俊介は驚いている。こんなにも早く興味を持つなんて。だが、まだまだだ。本当に継げるかどうかわからない。
「ああ。だけど、まだまだだぞ」
「そうだね。大将はもっと厳しいもんね」
俊介も安奈も知っている。栄作の仕事はもっと大変だ。望がその仕事に本当に耐えられるんだろうか? 全くわからない。
「ああ」
「望くん、この店を継ぎたいと思ってるみたい。嬉しいな」
安奈は思っていた。望がこの店を継ぎたいと思っているようだ。ようやく栄作の後継者が現れたようで、嬉しくなった。
「ほんとほんと。この店もこの代で終わりかなと思ったけど、後継者になろうとする子が現れて、嬉しいよ」
栄作も思っていた。薫がもういなくなった今、この店も栄作の代で終わりだと思っていたが、ようやく後継者が現れて嬉しい。血はつながっていないが、望は栄作が育てた。だから望は間違いなく栄作の子だ。
「そうだね」
3人は、望の将来に期待していた。この子なら、栄作の味を受け継ぐ事ができるだろう。
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