10

 翌朝、望はいつものように目を覚ました。だが、望は緊張している。栄作とどこかに行くからだ。栄作と一緒に行動する事はあまりない。どうなるんだろう。不安でしかない。


 望はいつものように1階に向かう。その間、望は重い足取りだ。


「おはよう」

「おはよう」


 望は1階にやって来た。すでに4人は目を覚ましている。望の姿を見て、俊介は思った。栄作はどこに連れて行くんだろうか? まさか、うどん作りを体験させるんだろうか?


 今日はうどん屋が休みだ。だが、栄作が望をどこかに連れて行くので、早く起きた。俊介も明日かも疑問に思っている。今日は平日じゃないのに、平日の時間に朝食を食べるからだ。


 朝食を食べ終え、歯を磨いた望は1階のリビングでテレビを見ていた。望は今日の準備はできていた。あとは栄作が来るのを待つだけだ。


 と、そこに栄作がやって来た。栄作は相変わらず頑固な表情だ。


「行くぞ」

「はい」


 望は立ち上がり、栄作についていった。どこに行くんだろう。望はずっと思っている。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 安奈の声に、望は手を振って反応した。


 2人は栄作の車に乗った。望は、先日うどん屋に行った事を思い出した。今度はこの車で、どこに行くんだろう。


「さぁ、行くぞ!」

「行くぞって、どこ?」


 望は勇気を出して、栄作に聞いてみた。望の唇は震えている。


「お前、俺がうどんを作るとこ、途中で寝てしまっただろ?」

「は、はい・・・。あの時はごめんなさい・・・」


 望は下を向いた。せっかく見せてもらったのに、途中で寝てしまった。伝授したいと思って連れてきてもらったかもしれないのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「いいんだよ。あんな時間に起きてるのは、子供じゃないから」


 栄作は許した。こんな時間に起きるのは普通じゃない。もっと仕事に慣れてからじゃないと、この時間からできないだろう。


「そうなんだ・・・」

「これからお前を、うどん作りを体験する場所に連れて行こうかなと思って」


 望は驚いた。まさか、全く作った事のない自分でもできる場所があるのか。もしかしたら、今後の自分のためになるかもしれない。


「えっ!? しばらく帰ってこれないの?」


 だが望は不安だった。しばらく家に帰れない、学校に行けないんだろうか?


「いやいや、日帰りで体験できるんだよ。その日に帰れるんだよ」

「そうなんだ」


 望はほっとした。この体験施設は、日帰りでうどん作りを体験できる場所のようだ。


「よく見てなかったから、もっと知りたいだろ?」

「え、ええ・・・」


 望は緊張している。うどん屋の大将である栄作が見ている中でするんだから、きちんとやらないと怒られるかもしれない。


「じゃあ、教えてやる」

「あ、ありがとうございます・・・」


 ふと、栄作は思った。望はこのうどん屋を継ぎたいと思っているんだろうか? 薫は継ぎたいと思っていたそうだが、望はどうだろうか?


「なぁ望」

「どうしたの?」

「お前、俺みたいになりたいと思ってるか?」

「うーん・・・」


 だが、望は深く考えた。本当に継いでもいいんだろうか? 自分に栄作の味が継げるんだろうか? 望にはそんな自信がない。だけど、継がなければならないという思いはある。


「そうだよな。まだ決める時じゃないもんな」

「だけどあの時、ちょっと興味は持った」


 それを聞いて、栄作は少し笑みを浮かべた。どうやら自分のうどん作りに興味を持ってくれたようだ。これがきっかけでもっと興味を持ってくれれば、この店を継いでくれるかもしれない。


「そっか。じゃあ、もっと知らないとな」

「うん」


 栄作は自分に継いでほしいと思っているようだ。栄作のためにも頑張らないと。




 10分後、2人はうどん作りが体験できる施設にやって来た。この施設は、観光客向けに、元気に楽しくうどん作りが体験できる施設で、外国人観光客にも大好評だ。駐車場には何台かの車が停まっていて、中には県外ナンバーの車もある。


「あれ? 池辺さん」


 2人が施設に入ると、従業員が驚いた。栄作がやって来たからだ。従業員はみんな知っていた。この人は池辺栄作で、香川県一と言われるうどん職人だ。そんな栄作がどうしてこの施設に来たんだろうか? まさか、一緒にいる子供にうどん作りを教えようというんだろうか?


「久しぶりだな」

「どうしたんだい?」

「この子にうどん作りを体験させたいと思ってな」


 やっぱりそうだったようだ。でも、こんな小さな子が体験するのはこれまでで初めてだ。小学校1年生ぐらいだろうか? こんな年齢で体験させるとは。まさか、栄作はこの子に英才教育をさせようというんだろうか?


「へぇ」

「よ、よろしくお願いします」


 望は緊張している。本当に自分にもできるんだろうか? 栄作に怒られるのでは? 不安だらけだ。


「よろしくね」


 従業員は笑みを浮かべた。そんなに緊張しないで。楽しく体験しようよ。


 いよいよ体験が始まった。従業員は白い粉を持ってきた。確かこれは中力粉だったな。これと塩水で作るのだ。この工程は知っている。従業員は粉をボウルに入れた。続いて、塩水を入れた。


「まずはこねる作業ね」

「はい!」


 望はこね始めた。だが、力がない。その様子を、従業員だけでなく、栄作も見ている。


「もっと力を入れて」

「はい!」


 その声に、望は鳥肌が立った。もっと力を入れないと、あんな味にならないだろう。


「真剣になってるね」


 ふと、従業員は思った。この子は将来、池辺うどんを継ぐんだろうか? この子がオーナーになったら、またあのうどんを食べに行きたいな。


「将来、池辺さんみたいになるのかね」

「だったら面白いな」


 真剣にこねている姿を見て、栄作は思った。この子なら継いでくれそうだ。そして、薫とは違って、問題を起こさないだろう。


「あの子みたいにならなければいいのに」

「そうだな・・・。だけど、この子は優しそうだから、絶対に大丈夫だろう」


 栄作は拳を握り締めた。もう薫には会いたくない。香川県に戻ってきてほしくない。


「言われてみれば、そうだね。この子は優しそうだね」

「うん」


 十分にこねた所で、次は踏みの作業に入る。ここも知っているが、あの時はこの途中で寝てしまった。だが、今度は日曜日の朝で、いつも通りに寝た。だから大丈夫だろう。


「次は、踏みの作業に入ります!」


 従業員は生地をビニール袋に入れた。これから踏みの作業だ。栄作はその上に薄い畳のようなものを敷いていたが、ここでは敷かないようだ。


 望は生地を踏み始めた。その様子を、栄作や従業員は見ている。望の隣には、同じく体験している人々も踏んでいる。みんな楽しそうだ。これが讃岐うどんの工程のメインだと思っているようだ。


「もっともっと! まんべんなく!」


 みんなは楽しそうに踏んでいる。香川県に来たのだから、旅の思い出にしようとしているようだ。だが、望はあまり楽しそうではない。


「ハァ・・・、ハァ・・・」


 次第に望は疲れてきた。こんなに踏むとは思っていなかった。でも、栄作のうどん作りは、これよりもっと大変に違いない。これでへこたれていたら、栄作に怒られるだろう。もっと頑張らないと。

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