9
ゴールデンウィークが明け、再び小学校が始まるようになった頃、望の様子がおかしくなった。少ししか見ていないにもかかわらず、踏みの作業をまねるようになったのだ。どうしてなのかわからない。あの時見た作業に夢中になったのだろうか? 最近、その様子を見ているのも、夢中になっているからだろう。
俊介はその様子を見ている。全く言っていないが、ひょっとして望は、栄作の後を継ぎたいと思っているんだろうか?
「どうしたの?」
俊介は振り返った。そこには安奈がいる。
「いや」
俊介は望の元に近づいた。怪しいと思って、どうしたのかと話しかけようとしている。
「なんか足踏みしてて」
「何でもないよ」
だが、望は何も言おうとしない。継ぎたいと言えば、栄作は何を行ってくるかわからない。ひょっとしたら、反対されるんじゃないかな?
「本当に?」
「うん」
と、そこに安奈がやって来た。安奈も望の行動が怪しいと思っている。
「どうしたの?」
「最近、望くん足踏みしてて」
「足踏み? こんなの」
それを見て、安奈は何かを感じた。その様子を見ていて、深夜にチラッと見た栄作の踏み作業の様子にそっくりなのだ。この子はひょっとして、すごいうどん職人になるかもしれない。
「まさか・・・」
「どうしたの?」
望は首をかしげた。安奈はどうして驚いているんだろう。ただ見おう見まねにそれをやっただけなのに。そんなにすごい事なのかな?
「いや、何でもないよ」
だが、望は何も言おうとしない。継ぎたいと言ったら、それが栄作に知られて、何か言われるんじゃないかと思ってしまう。
「まさか、大将の作る所、見たから?」
「そ、そうだけど、悪い?」
望は焦っていた。ちょっと見ただけなのに、それは悪い事なんだろうか?
「いや、悪くないよ。将来、君もうどんを作るのかなと思って」
本気でそれを言った事はないけど、作りたい、そして継ぎたいと思っている。だけど、勇気を持って言えない。まだまだわからない事ばかりだし、どう言うかわからないし。
「うーん、全く考えてないよ」
「そっか」
と、望は俊介やあんなの表情が気になった。何を考えているんだろう。何か言いたい事があるんだろうか?
「どうしたの?」
「うどん屋を継ごうと思ってるのかと聞かれて」
その問いに、望はうなずいた。初めて明かしてみたが、どういう反応をするんだろうか?
「いいじゃない、やってみなよ」
「うーん・・・」
だが、望は戸惑っている。全くの目分量で粉と塩水を入れてこねていた。どうやったらああいう風にできるんだろう。自分にもそれはできるんだろうか?
「どうしたの?」
「突然そう言われても。僕ってまだまだだよ」
だが、望はまだまだだと思っている。もっと学ぶ事はあるだろう。
「そっか。まだじっくり考えようよ」
「うん」
俊介と安奈は去っていった。望はその様子をじっと見ている。
その噂は、栄作にも知れ渡った。それを知った栄作は戸惑っている。この子は薫同様、継ごうと思っているんだろうか? 血がつながっていない、本当の子供じゃないのに。だが、望は俺が育てたのだから、俺の子だ。望に賭けてみようか? 望なら店を継いでくれると思って。
仕事が終わった後、栄作は荒谷家にやって来た。そこには踏みをまねている望がいる。
「今日もやってるなー」
「荒谷・・・」
俊介は振り向いた。そこには栄作がいる。
「大将、どうしてここに?」
俊介は驚いた。まさか、栄作が後ろにいるとは。でも、どうして来たんだろう。まさか、望が踏みをまねる様子を見に来たんだろうか?
「いや、最近、踏みを真似ていると聞いて、見に来たんだ」
「見に来て、どうしたんですか?」
栄作はその様子をじっと見ている。自分によく似ている。ここまですぐにできるようになるって、この子は薫よりすごいな。
「まさか、やりたいのかなと思って」
「えっ!?」
栄作は作業を見せた深夜の事を思い出した。まさか、それだけでこんなに興味を持ってくれるなんて、この子は何かを持っているな。この子はいつか、俺の店を継ぐのでは?
「少し見せただけで、こんなに興味を持ってくれるとはな」
「あの夜、少し見ただけでしょ? 途中で寝てしまったんでしょ?」
確かに望は、途中で寝てしまった。だけど、作業を少し見ただけで、こんなに興味を持ってくれるとは。これはもっと教えないと。
「うん。でも、どうしてこんなに興味を持ったんだろう」
「まさか、運命の糸だろうか?」
俊介は何かを感じた。望と栄作は血はつながっていないが、運命の糸で結ばれているんだろうか?
「そんな事はないと思うけど」
「何だろうね」
「俺にもわからん」
2人は温かそうにその様子を見ている。そして、この子の将来に、池辺うどんの将来に期待しようと思った。
その日の夜望は外を見ていた。今日は行列がない。今日は休みだろうか? 静かな、のどかな田園風景が広がる。
「望・・・」
望は振り返った。そこには栄作がいる。部屋までやってきて、どうしたんだろう。
「父さん、どうしたの?」
「明日、ちょっと出かけようか?」
望は驚いた。明日、出かけるって、どうしたんだろう。栄作と出かけるなんて、あまりない。なのに、何があったんだろう。
「う、うん・・・」
望は戸惑っている。どこに行くんだろう。全く想像がつかない。
「どうした? 怖いとこじゃないぞ」
「わかったよ」
栄作は去っていった。その背中を、望は見ていた。
「どうしたの?」
望は振り向いた。俊介がいる。栄作の話を聞いていたようだ。
「明日、父さんがどっかに連れて行くって」
「えっ!?」
俊介は驚いた。栄作とどこかに行くって、どうしたんだろう。仕事ばっかりで、全く出かける事のない栄作が。
「どこかなって思って」
俊介も想像がつかない。望の行動を見て、何かを感じたんだろうか?
「大将がお出かけって、珍しいな。大将、うどんばっかりであんまり出かけないのに」
「そうなの?」
望は首をかしげた。仕事ばっかりで、出かける事はないのか。
「うん。うどんを作る事しか考えてないらしいから? うーん・・・、どうして僕を呼んだんだろう」
「わからないけど、行ってみたら?」
俊介は行く事を勧めた。わからないけど、きっと何か重要な事に違いない。今後の事のために、行ってみたらどうだ。
「うん」
俊介は時計を見た。もう寝る時間だ。
「今日はもう寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
望は寝室に向かった。俊介はじっとその様子を見ている。明日、栄作と一緒にどこに出かけるんだろう。俊介は疑問に思っていた。
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