6

 望は朝の田園風景の中を歩いていた。まさか、栄作が池辺うどんの主人だったとは。自分はこの店を継がなければならないんだろうか?


 望は荒谷家に帰ってきた。もう家族は起きているんだろうか? 朝食は食べたんだろうか?


「ただいまー」


 望は帰ってきた。そこに、安奈がやって来た。朝起きて、望がいなくてびっくりしたが、帰ってきた。何をしていたんだろう。


「おかえりー。何してたの?」

「父さんのうどん作り、見てたけど、途中で寝ちゃった・・・」


 安奈は驚いた。深夜に栄作が来て、望にうどん作りを見せていたとは。どうしたんだろう。


「そっか・・・」


 安奈は少し笑った。栄作は深夜の3時から仕事をしているんだ。普通じゃない時間だから、そりゃ寝てしまうだろうな。


「どうしたの?」

「大将のうどんは香川で一番と言われるからな」


 栄作と同じ答えだ。やっぱり、栄作は香川一のうどん職人なんだな。とんでもない父を持ってしまったな。


「そんな・・・」

「朝食を食べなさい」


 だが、望は下を向いた。釜玉うどんを食べたので、もうお腹いっぱいだ。


「ごめんなさい。いいです。父さんが釜玉うどん作ってくれて、食べちゃったんだ」

「そっか。じゃあ、いらないね」


 安奈は少し笑った。仕事に付き合ってくれたお礼に、うどんを出してくれるとは。栄作にも優しい面があるんだな。


「うん」


 と、そこに俊作がやって来た。朝起きたら、ベッドに望がいなくてびっくりしたけど、帰ってきた。だが、栄作のうどん作りを見ていたとわかって、ほっとした。


「眠たい?」

「うん。まさかこんな時間に作ってるとは」


 俊作も驚いている。子育てをする時間が取れないから、望はここに居候しているんだな。


「僕も知らなかったよ」

「そうなんだ」


 俊作も知らないとは。こんな夜遅くからうどんを作っているなんて、まだ知らなくていい事なのかな?


「どうしたの?」

「朝から父さん、頑張ってるなーと思って」


 望は思っていた。こんな夜遅くからうどんを作っているなんて。自分たちは何気なくおいしそうに食べているけど、こんなに夜遅くから頑張っている人のおかげなんだなと思うと、彼らに感謝して食べないとと思えてくる。


「ふーん」


 そこに、俊介がやって来た。栄作のうどん作りを見せてもらうとは。


「大将のうどん作りを見て、どうだった?」

「なかなか面白いなーって」


 少し見ただけで寝てしまったが、なかなか面白い。自分もやってみたいと思うようになった。


「そっか。僕も大きくなったらうどんを作りたいなって」

「本当?」


 俊介は驚いた。ひょっとして、新しい対象になるんじゃないかと思えた。


「うん。父さんがやってるんだもん。僕もやりたいに決まってるよ」

「確かに。香川県はうどんの国だから」


 俊介は納得していた。讃岐うどんは香川県のソウルフードであり、名物だ。ラーメンよりも、そばよりも、やっぱりうどんが一番に決まっている。


「で、わかったんだ。どうして僕は池辺なのに、荒谷さん家に暮らしてるのかなって。父さんが深夜から仕事をしていて、世話が全くできないから?」

「うん」


 やっぱりそうだったのか。だけど、大きくなったら、栄作の家に住まなければいけないのかな?


「うどん作りって、大変なんだな」

「僕もそう思った。父さんは普通の時間に起きて、仕事をしてるんだけど、大将はあんなに朝早くだもんね」


 俊作も感心していた。こんな時間に起きて、作るなんて、普通の人じゃできないのでは?


「いつか、僕が大将になったら、そうしなければならないのかな?」


 望は使命を感じていた。いつか、このうどん屋を継がなければならないのかな?


「そうかもしれない。だけど、今は考えないでおこう」

「そうだね」


 望は2階に向かった。2階からは、池辺うどんが見える。まだ開店前だというのに、行列ができている。こんなに多くの人が並んでいるなんて。栄作のうどんは相当おいしいんだろうな。


「どうしたの?」

「深夜、仕事風景を見た時、こんな事やってたんだ。父さんは踏みって言ってるけど」


 望はチラッと見た踏みの作業の真似をしてみた。俊作は体験学習でやった事があり、踏みの作業も知っている。


「ああ、あれね。知ってる! うどんのコシを決める作業なんだよね。体験できる施設があるんだけど、大将のはもっと大変らしいよ」


 体験版よりずっと長く、しかも2回に分けて1時間ずつやる。これは足にきそうだ。それに、途中で寝てしまった。


「確かに。朝までいたっていうんだけど、途中で寝てしまったんだよな」

「だと思うよ。だってあの時間だもん。だけど、大将ってすごいよな。何十年もこんな時間から頑張ってるんだから」


 望は振り向いた。そこには俊介がいる。俊介は栄作がこの時間から作業しているのを知っている。だが、自分では無理だろうと思っている。


「うんうんわかる」

「でも、僕もそうならなければいけないのかな?」


 俊介は感じた。望は本当に継ごうと思っているようだ。まるで幼少期の薫のようだ。だが、薫と違って、この子はどうなるんだろう。


「未来はまだ決まっていないよ。だけど、大将の子供って、望くんしかいないんだよね」

「うん。いない。だから、僕が継がなければならないのかなって」


 と、俊作は望の肩を叩いた。


「それは自分が決めるものだよ」

「だよね。今は深く考えないようにしておこう」

「うん」


 だが、望はすぐに横になってしまった。深夜から起きていて、まだ眠たいようだ。


「どうしたの、眠そうな顔して」

「父さんの仕事を見てたら、眠くなったんだって」


 その様子を見ていた明日香は、何かを思い出した。


「ふーん。父さんの仕事、知ってるよ」

「えっ!?」


 望は驚いた。明日香も栄作の仕事を知っているとは。かなり有名なのかな?


「この辺りではちょっとした有名人だもん。うどん職人でしょ?」

「うん。そうだけど、本当に有名なの?」

「うん。香川県外でも名の知れたうどん職人だって。香川県で一番おいしいと評判らしいよ」


 明日香も言っている。本当においしいんだな。


「そうなんだ」


 望は何かを考えている。どうしたんだろう。


「どうしたの?」

「いやいや、何でもないよ。つい最近、初めて食べたんだけど、本当においしかったな」

「だろう? 全国のうどん通が認めた味だからね」


 栄作のうどんは全国的に有名なのか。あの行列って、県外から来た人もいるんだろうか?




 その夜、望は俊作とテレビゲームをしていた。望はお昼前まで寝てしまい、昼下がりから勉強やテレビゲームをやっていた。


 望は、栄作のうどん作りが忘れられない。勉強でも、テレビゲームで考えてしまう。どうしてだろう。


「望くん、どうしたの?」

「父さんって、すごいな」


 望は、栄作のすごさが分かった。頑固で怖いと思っていたが、こんなにすごい人だったとは。


「えっ!?」

「香川県で一番のうどん職人で、県外でも有名だって」


 ふと、望は外を見た。すでに池辺うどんは今日の営業を終了していて、暗くなっている。だが、深夜3時になると、また明かりがついて、栄作が作業を始めるだろう。


「どうして外を見てるの?」

「父さんの作るとこ、しっかり見てなかったなって思って」


 望は、途中で寝てしまった事を後悔していた。付き合っていたのに、途中で寝てしまい、途中までしか知らない。


「途中で寝てしまったもんね」

「最後まで見たいよ」


 望は知りたかった。栄作が踏みの先からどういう事をやっているのか。


「まさか、この店を継ぐとか?」

「うーん・・・、それも考えないとなって」


 望は考えていた。俊作は驚いていた。まさか、この時期になって進路を決めるとは。


「僕もそこに勤めたいと思ってるよ。だって、お父さんもお母さんも務めてるからね」

「そうなんだ」


 俊作も、ここに努めたいと思っていた。色々考えた結果、やはり両親と同じ仕事をするのが一番かなと。

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