4

 昼下がり、望は荒谷家に戻ってきた。俊作や明日香はすでに帰ってきているだろう。彼らはまっすぐ帰ってきてるだろうから。門が開いているのを見ると、もう帰ってきているんだろう。


「ただいまー」


 その声を聞いて、俊作と明日香は反応した。遅かったから、心配していたようだ。


「おかえりー。遅かったじゃん! どうしたの?」

「うどん屋さんで食べてた」


 それを聞いて、俊作は思った。まさか、俊介が働いている池辺うどんに行ったのでは?


「まさか、父さんが働いてるとこ?」

「うん。まさか、おじちゃんがここで働いてたなんて」


 俊作は驚いた。まさか、ここに来ていたとは。ひょっとして、栄作に会ったのでは? もしくは、見られたのでは?


「私も行った事があるわ」


 明日香は知っていた。そして、何度も池辺うどんに行った事があった。


「そっか」

「僕もいつか、ここでうどんを作りたいなー。望くんは?」


 俊作は思っていた。いつか、俊介のようにここで働きたいな。親子肩を並べてここで働くのが夢だ。


「まだそんな事を考えてない」


 望は、将来の夢など全く考えた事がなかった。まだ考えるのは早いと思っていた。


「そっか。でさ、いつも思うんだけど、望くんのお父さんって、何をしてるのかな? 全くわからないけど」


 俊作は、栄作が働く姿を見た事がなかった。何度も池辺うどんに通っているのに。栄作はいつも作業場の奥にいて、踏みの作業をしている。


「そうだなー」


 望も、栄作が何をしているのか、全くわからなかった。だが、気になった事が1つある。うどん屋の名前だ。まさか、栄作は池辺うどんのオーナーでは?


「まぁ、難しい事は考えないようにしよう。ゲームだゲームだ」

「そうだね」


 3人は2階に向かった。難しい事は考えないでおこう。それよりも、ゲームを楽しもう。




 午後3時過ぎになって、荒谷夫妻が帰ってきた。だが、今日はなぜか栄作が来ている。いつもは池辺うどんの隣にある実家にいるのに。荒谷夫妻は、普通に2人で帰ろうとしたが、今日は家に来させてくれと言ったという。荒谷夫妻は少し戸惑ったが、栄作は怖いから逆らえない。荒谷夫妻は栄作を荒谷家に連れてきた。


「ただいまー」


 その声を聞いて、3人は2階の部屋からやって来た。いつもの光景だと思ったが、なぜか今日は違う。栄作がいるのだ。


「望・・・」


 望の姿を見て、俊介は表情を変えた。まさか、池辺うどんに来るとは。


「おじさん・・・」

「いいんだよ。今日の事は」


 本当に来てよかったんだろうかと戸惑う望を、俊介はなだめた。今日、来てしまった事は気にするな。だって、讃岐うどんは香川県の名物じゃないか。


「来ちゃってよかったのかなって」

「いいんだよ。うどんはおいしいんだから」


 望は肩の力が抜けた。俊介の働いている池辺うどんに来てもよかったんだ。これからも時々訪れよう。


「そ、そうだね・・・」


 安奈は買ってきたカレーの材料を冷蔵庫に入れている。今日はカレーのようだ。


「今日はカレーだぞ!」

「やったーっ!」


 それを聞いて、3人は喜んだ。今日は大好きなカレーだ。


 だが、望はすぐに静かになった。俊介の後ろには栄作がいるからだ。まさか、栄作が来るとは。何かあったんだろうか? 望に話したい事があるんだろうか?


「望・・・」


 栄作はむっつりしている。何か考えているような表情だ。


「と、父さん・・・」


 望は緊張している。栄作は頑固で怖い。とても近寄りがたい雰囲気だ。望は、あまり会いたくないと思っていた。


「ちょっと2人で話したい事がある。来なさい・・・」

「は、はい・・・」


 話したい事がある。一体何だろう。まさか、池辺うどんに行ったのを、栄作は知っていたんだろうか? だとすると、栄作は池辺うどんのオーナーでは?


「お前、父さんの働いてる姿、見た事あるか?」

「う、ううん・・・」


 望は口があまり回らない。栄作が怖いからだ。


「そっか。見たいと思うか?」

「み、見たい・・・」


 望は少し戸惑ったが、どんな仕事をしているのか、見たいという気持ちはある。きっとそれが、自分の将来につながるかもしれないから。


「そっか。明日は休みだから、見させてやる。ただ、普通じゃない時間だからな」


 栄作は思っていた。自分が起きて、仕事をする時間は、まだ望が寝ている時間だ。自分の生活リズムに、望がついていけるのか、心配だ。


「えっ・・・。普通じゃない時間って・・・」

「深夜の3時だ」


 深夜の3時と聞いて、望は驚いた。まさか、こんな時間に来るなんて。どんな仕事をしているんだろう。ますます気になる。


「さ、3時? 深夜の3時?」


 栄作は強調した。こんな時間に起きるのは、普通じゃないからだ。だが、そうじゃないとこの仕事はやっていけない。


「そうだ。それでも見たいか?」

「ぜ、ぜひ・・・」


 望は見たいと思った。こんな時間に起きるけど、きっと見る価値は、やる価値はあるんだろうな。


「眠らないように注意しろよ」

「は、はい・・・」


 栄作は荒谷家を出ていった。2人の会話の様子を、誰も見ていなかった。




 午後8時、カレーを食べた望は、すでに歯を磨き、お風呂を済ませていた。いつもと違う生活リズムに、みんなは戸惑っていたが、栄作の仕事を見るためだ。だが、誰にも言いたくない。言ってしまったら、何を言われるかわからない。


「どうしたの? もう寝るの?」

「うん」


 俊作は驚いていた。望がこんな時間に寝るなんて。何があったんだろう。俊作は首をかしげた。遠足でも社会見学でもないのに。


「遠足でも、社会見学でもないのに」

「いや。ちょっとある約束で」


 だが、望はその理由を言おうとしない。きっと、秘密の約束に違いない。何も言わないようにしよう。


「ふーん・・・」


 望はベッドに入った。俊作と明日香は相変わらずテレビゲームをしている。


「おやすみ」

「おやすみ」


 2人が起きている中、望は寝入った。できる限り早く寝て、深夜の3時に起きられるようにしないと。

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