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 次の日、今日は半ドンで、正午に帰りだ。望と小学校の先輩は田園風景の中を歩いていた。田園の向こうには琴電が走っていて、今日も大きなつりかけモーター音を立てている。とてものどかで、穏やかな風景だ。


「望くん、帰ったら何をする?」

「特にやる事ないなー」


 望は帰ってもやる事といえばテレビゲームと勉強ぐらいしかない。だが、中学校になったら、もっと忙しくなるだろうと思っている。


「そう」

「僕はテレビゲームだね」

「ふーん」


 野球をする子もいれば、自分と同じくテレビゲームをする人もいるんだな。


「たぶん僕もそうかな?」

「今度、一緒にやろうよ! うちに来て」


 先輩は今度、荒谷家に来てゲームをしようと思った。俊作と明日香もいるから、遊んでくれるかもしれない。遊んでくれたらきっともっと楽しいだろうな。


「いいよ! 何を持っていこうか、考えよっと」


 と、望はある建物が気になった。煙突から煙が出ている。普通の民家のように見えるけど、常に湯気が出ているのはおかしい。


「あれっ、何だろうこれ」

「ああこれ? 讃岐うどん。香川県の名物だよ」


 望は讃岐うどんの事をあまり知らなかった。よく見ると、『池辺』と書いてある。どうして自分の名字なんだろう。まさか、自分の父が経営しているんじゃないだろうか? いや、そんなはずはない。普通の父さんだ。


「ふーん」


 ふと、一緒に帰っていた先輩は思った。今日はお金を出すから、讃岐うどんを食べさせようかな? いつも一緒に帰ってくれるご褒美にいいだろう。


「望くん、食べてみるか? 兄ちゃんがお金出したるから」

「本当? ありがとう」


 彼らは、帰りに讃岐うどんを食べる事にした。先輩の両親は共働きで、今日は土曜出勤で夕方まで帰らないらしいから、1人で讃岐うどんを食べるつもりだ。だが、今日は後輩の望も誘ってみようと思った。


「讃岐うどん、食べた事ある?」

「あるけど、店で食べるのは初めて」


 望は、店で讃岐うどんを食べるのは初めてだ。もっぱら、俊介がどこかから買ってきたうどんを家で食べている。店で食べる讃岐うどんって、どんなものだろう。楽しみだな。


「そっか。じゃあ、行こうか」


 2人はうどん屋の前にやって来た。うどん屋には何人かの人が並んでいる。いつもはこんな感じだが、大型連休ともなると、数時間待ちにもなるという。特にこのうどん屋は指折りの人気店で、特に長い行列ができるという。だが、普通の連休である今日はそんなに行列が長くない。


 数十分後、ようやく店に入った。いろんなメニューがあるが、どれにしよう。


「こんなメニューがあるんだ」

「おいしそうだろう。どれにする?」


 望は迷った。だが、ここはシンプルにかけうどんにしよう。


「僕、かけうどんで」

「そっか。僕もそうしよう」


 そして、2人の番になった。すでにメニューは決めてある。早めに決めておいて、行列を待たさないようにしようと思っているようだ。


「いらっしゃい!」

「ひやあつのかけ、小で」

「ひやあつのかけ、小で」


 すると、店員はすぐに讃岐うどんを湯がいて、水で冷やし、どんぶりに盛り、だしをかけた。


「はい、どうぞ」


 と、店員の1人が望に反応した。何と、その店員は俊介だった。俊介はここで働いていた。


「おい、望だぞ」

「えっ!?」


 その声に、安奈も反応した。まさか、ここに来るとは。どうしたんだろう。先輩に誘われたんだろうか?


「本当だ。どうして?」


 その先にはカウンターがあり、天ぷらが並んでいる。どれもおいしそうだ。どれを取ろう。


「自由に天ぷら取ってき」


 望は言葉に甘えて、天ぷらを取る事にした。そんなにたくさん食べられないから、1本だけにしよう。


「ありがとう。じゃあ、えび天」


 望はえび天を取った。天ぷらの中で一番好きなのは、やっぱりえび天だ。


「僕はちくわにしよう」


 先輩はちくわを取った。ちくわの衣には、青のりが混ぜ込んである。


「望!」


 望は驚いた。何と、俊介がやって来た。まさか、ここで会うとは。そして、ここで働いていたとは。


「あれっ、おじちゃん」

「なんでここに来てんだ?」


 望は戸惑っている。本当に来てよかったんだろうか?


「先輩に連れられて。ごめんなさい・・・」


 だが、俊介は笑みを浮かべた。うどん屋に行く事は、悪い事ではない。ゆっくりと食べなさい。


「いいんだよ。ゆっくり食べていきな」


 先輩は呆然としている。この人は望の知り合いだろうか? じゃあ、この店のオーナーって、望の父だろうか?


「あの人、誰?」

「父さんの知り合いの荒谷さん。まさかここで働いてるとは」


 知り合いなのか。だから望の事を知っているんだな。


 2人は会計の前にやって来た。会計には初老の女性がいる。


「あっ、会計は一緒で」


 会計は先に言ったとおり、先輩がまとめて払った。それを見て、望はその先で薬味のねぎをのせた。


「さてと、ネギをのせてっと」


 先輩は会計を済ませて、薬味をのせた。それを見て、望はカウンター席に向かった。先輩も望に続いてカウンター席に向かう。


 2人は隣通しのカウンター席に座った。この時間帯は多くの人が食べていて、とても賑やかだ。


「さぁ、食べようか?」

「うん」

「いただきまーす」


 2人は讃岐うどんを食べ始めた。やっぱり讃岐うどんはうまい。週に1回は食べたくなる。


「おいしい!」

「だろう。これ香川名物、讃岐うどんだ!」

「ふーん」


 望は讃岐うどんを食べながら、ある事を考えていた。まさか、俊介がここで働いていたとは。そして、栄作って、ここのオーナだろうか?


「どうしたの?」


 先輩は、箸が進まない望の表情が気になった。一体、何を考えているんだろう。


「まさか、荒谷のおじさんがここで働いてるなんて」

「知らなかったの?」

「うん」


 だが、考え事ばかりしていたら、麺が伸びてしまう。早めに食べないと。


「それにしても、おいしいな」

「だろう」


 その時、望は知らなかった。そこのオーナー、栄作が2人を見ているのを。

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