第2章 出会い

1

 望は6歳になり、小学校に入学した。望は順調に成長した。ここまでは薫と同じだ。だが、栄作には不安があった。悪い事をしないだろうか? また、私の顔に泥を塗らないだろうか? 不安だらけだ。だけど、温かく見守ってやろう。


「望ー、ごはんよー」

「はーい!」


 朝7時、いつものように望は起きた。望はスポーツ刈りの男の子だ。安奈の声で目が覚め、望は1階に向かった。1階には俊介、明日香、俊作がいる。いつもの朝の風景だ。だが、そこに栄作はいない。栄作は朝からうどんの仕込みで忙しい。なので子育てができずに、望の世話を荒谷夫妻がしている。


 午前7時半、望と明日香と俊作は小学校に向かった。少し住宅地を抜けると、田園風景に入る。その先に、通学団の集合場所がある。そこまでは3人で歩き、そこから通学団に合流して小学校に向かう。


「あっ、のっちゃん、おはよう」


 話しかけてきたのは、荒谷家より少し離れた所に住んでいる加藤だ。


「おはよう」


 望は笑みを浮かべた。加藤は同級生で、とても仲が良い。


「小学校、どう?」

「楽しいよ。たくさんの友達に囲まれて」


 望が小学校に行くのが楽しいと思っている。小学校では多くの友達に会えるし、授業も楽しい。


「それはよかったよかった。父さんは?」

「今日も朝から仕事に出かけてる」


 加藤は知っていた。望の父、栄作は深夜から仕事をしているため、面倒が見れない。だから、荒谷家に居候しているんだ。


「ふーん」

「朝から忙しいんだ」


 望は寂しいと思っていた。だが、栄作が忙しいんだから、仕方がない。真摯に受け止めるしかないのだ。


「そっか・・・」

「寂しい?」


 加藤は心配していた。栄作がいなくて、寂しい思いをしていないだろうか?


「ううん。おばちゃんがいるから」

「そう。それはよかった」


 加藤はほっとした。望は栄作があまりいないことを全く心配していなかった。家計を支えるために一生懸命頑張っているのだから、全く寂しいと思ったことはない。むしろ、夜遅くから頑張っている栄作を誇りに思っているようだ。


「父さん、朝から忙しいんだね」

「うん。そんな人だから」


 だが、望は栄作が何をしているのか、全く知らない。望は池辺うどんに行った事すらないのだ。加藤も全く知らないし、池辺うどんに行った事もない。


「どんな事をしてるんだろう」

「さぁね」


 通学団の子供が全員集まり、通学団は小学校に向かった。栄作は生地を踏みながら、望の様子をじっと見ている。望は今日も元気に小学校に行くようだ。この子の将来に期待しよう。


 その後も栄作は生地を踏み続けている。深夜からの作業で、1時間以上は踏んでいる。だが、栄作のペースは全く落ちない。踏みは1時間を2回に分けて行う。そうしなければ讃岐うどんにならないと、栄作は思っている。


「おはようございます、大将!」


 と、そこに俊作がやって来た。安奈は育休を終えて仕事に復帰していた。休んでいたためか、少し作業がうまくいかなかったものの、少しずつ取り戻してきた。


「おはよう」


 続いて、俊介もやって来た。


「荒谷くん、今日は生地こねの工程をお願いね」

「はい」


 すぐに俊作は更衣室に向かった。今日も池辺うどんの1日が始まる。


「のっちゃん、元気に育ってくれて何より」


 安奈は、2人の子供はもちろん、望の成長にも期待していた。3人はどんな大人になるんだろう。薫みたいに悪い事をしなければいいんだが。


「ああ。あの子、どうなるかと思ったが」


 栄作はほっとしている。順調に育ってくれた。だが、これからだ。いい子に育ってほしい。そして、いい大人になってほしいな。


「いよいよ今月から小学校に行ってるんだ」

「それは嬉しいな」


 と、栄作は薫の事を思い出した。高校生まではいい子だったのに、東京で独り暮らしをするようになってから、変わってしまった。


「あのバカ息子みたいにならなければいいんだけど」

「そんなんになるわけがないさ!」


 俊介は信じている。薫のような悪い奴にはならないだろう。いい子に育つだろうな。


「そうだよな! とっても優しい性格だからね」

「ああ」


 安奈も3人を温かく見守っていきたいと思っているようだ。これからはこの子たちの時代だ。そしていつか、ここを継いでくれると信じて、頑張っていこう。


「いい子に育ってほしいな」

「うん」


 と、俊介は思った。ひょっとして、3人ともここに就職するんじゃないか? 特に、望はうどん職人になるんじゃないか?


「まさか、ここに就職するってことは」

「それもあるけど、ここに就職するだろうと考えてないな。わしの考えでは、どんな仕事にもついていいが、悪い大人にはなってほしくないなと思ってる」


 だが、栄作は慎重だ。いつも深夜からやっているこの工程を本当にできるんだろうか? しばらくそっとしておこう。そして、興味を持ったら見せてやろうかな?


「そうですね」

「とりあえず、これからの望の未来に期待しよう」


 栄作は望の将来に期待した。もう薫の事はいい。あんなバカ息子、刑務所から出てきても、一生東京にいればいいんだ。面会で、もう香川に戻ってくるなと言った。もう帰ってこないだろう。


「うん! きっといい大人になってくれるだろうから」


 栄作は思った。もう薫の事は忘れよう。望の事ばかりを考えよう。

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