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礼二は悩んでいた。香川を離れて、東京で暮らさなければならない。初めて親と離れて生活しなければならない。そう思うと、本当にやっていけるのか、親がいなくてもやっていけるのかと心配になる。自分はここが好きなのに。
「もうすぐ出発だね」
礼二は振り向いた。そこには母がいる。母は嬉しそうな表情だ。東京の大学に合格した礼二を誇りに思っている。
「うん・・・」
母は肩を叩いた。合格したんだから、もっと元気を出して。
「大丈夫? 元気出して?」
「うん」
礼二が落ち込んでいる理由を、母はわかっていた。ここを離れて生活するのに不安があるんだろう。
「別れるのが悲しいの?」
「もちろんだよ」
だが、母はわかっている。いつかは別れなければならない。別れを通じて、人は成長していくのだ。上京して独り暮らしをするのは、成長するための糧なのだ。乗り越えなければ、人は成長しない。
「だけど、成長するためには、東京に行かなければならないのよ」
「だけど・・・」
それでも礼二は落ち込んでいる。先生の命令で東京の大学に受験して、合格した。本当は地元の大学に進学したかったのに。
「頑張ってきなさいよ!」
「わかったよ・・・」
結局、礼二は東京に行く事を決めた。本当は行きたくないのに。
それからしばらく経って、礼二はうどん屋に長居して悩んでいた。その様子を俊介は不思議そうに見ていた。何かに悩んでいるような表情だ。とても気になる。悩みを聞いてみようかな?
「どうしたんだい?」
礼二は振り向いた。そこには俊介がいる。店員が話しかけてくるとは。まさかの展開だ。
「何でもないよ」
だが、礼二は何も話そうとしない。悩みを話したくないようだ。
「いつまでも悩んでばかりでいたら、始まらないぞ」
「うーん・・・」
礼二は戸惑った。自分の悩みを言っていいんだろうか? 悩みは家族にしかいいたくない。
「話してみろよ」
「来週の月曜日、東京に行くんだ。東京の大学に進学するんで」
礼二は来週の月曜日に東京に行くという。それを知った俊介は驚いた。まさか、ここから上京だとは。礼二は財布から岡山から乗る新幹線の切符を出した。琴電で高松築港まで行き、隣接した高松からマリンライナーに乗り岡山に向かう。すでに行き方は知っている。
「そっか。もうすぐ香川を離れちゃうんだな」
「故郷を離れるのが寂しくて」
だが、成長するためには、豊かさを手に入れるためには東京に行かなければならない。
「そうだったのか。昨日、それで悩んでたのか」
「うん。本当に東京でやっていけるのかなって心配で」
と、誰かが礼二の肩を叩いた。栄作だ。まさか、栄作がやってくるとは。栄作がやってきているのを、俊介も知らなかった。
「頑張ってみろよ。で、うまくいかなかったら、また帰ってきたらいいから」
「でも・・・」
栄作は厳しい表情になった。いつまでも親のすねをかじって生きていちゃだめだろう。
「やってみないと始まらないだろ? 人生は何事にも挑戦するもんだ。そして、人は強くなるんだぞ」
「東京に行ってきなよ! きっと成長するからさ!」
栄作の強い口調に、礼二は東京に行く事を決めた。
「・・・、わかったよ・・・」
「頑張ってこいよ!」
「うん」
礼二は席を立ち、店を出ていった。その様子を、栄作と従業員は見守っている。
日曜日、今日もうどん屋は開いている。基本的に毎日営業で、うどんがなくなり次第終了だ。
そこに、礼二が入ってきた。明日、東京に向かうのだから、食べ納めに来たんだろうか? 礼二の姿を見た俊介は思った。
「いらっしゃい!」
「ひやひやのぶっかけ小で!」
俊介はすぐに、うどんを湯がいて冷やし、どんぶりに入れ、ぶっかけつゆを入れた。
「はい、どうぞ」
と、そこに栄作がやって来た。栄作が来ると思ってなかった2人は驚いた。
「おっ、礼二やないか。どうしたんや」
「明日、東京に行くから、行く前の食べ納めとしてきたんだ」
やはり、食べ納めに来たようだ。冷凍や店で讃岐うどんは食べられるけど、やっぱりここがいいに決まってる。
「そっか。おいしいか?」
「やっぱ池辺さんのうどんはおいしい!」
ここのうどんが一番うまい。礼二はそう思っている。どうしてかわからない。子供の頃から食べなれているからかもしれないが、どの店よりもここが一番好きだ。
「東京に行っても、この味、忘れるなよ」
「うん!」
礼二は元気よく答えた。先日、落ち込んでいたのがまるで嘘のようだ。
翌日、いよいよ出発の時を迎えた。最寄り駅には礼二の両親や池辺うどんの従業員がいる。うどん作りばかりであまり出られない栄作も、今日は来ている。東京へ旅立つのだ。みんなで温かく見送ろう。
と、つりかけモーターの音が聞こえてきた。高松築港行の電車が駅にやってくる。いよいよ出発の時が迫ってきた。
「いよいよ出発だね」
それを見て、礼二は改札を抜け、ホームに向かった。すると、彼らはホームの横にある踏切に向かった。ここから見送ろう。
「頑張ってきてね」
「わかったよ」
礼二は笑みを浮かべている。必ず東京で成長してくる。だから、ここから見守ってほしいな。
「時々電話しろよ!」
「うん!」
礼二が乗り込むとすぐにドアが閉まり、電車は大きなつりかけモーターの音を響かせて発車していった。すると、彼らは手を振った。吹き抜けの運転室から、礼二は手を振っている。
「さようならー」
「東京でも頑張ってねー!」
徐々に電車は小さくなっていき、田園地帯の中に消えていった。彼らはその場に立ち、じっと見ている。
「行っちゃった・・・」
「温かく見守ろうよ」
「そうだね」
そして、彼らは戻っていった。東京に行っても、礼二とはきっとこの空でつながっているはずだ。だから、温かく見守ってやろう。
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