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 2月になり、いよいよ入試の時を迎えた。東京の大学だが、入試は高松市で行われる。礼二の家は朝から騒然としていた。どんな問題が出るかわからないけど、持っている知識をすべて費やして挑もう。


「じゃあ、入試に行ってくるね」

「頑張ってきてね」


 両親は応援している。礼二は思った。両親のためにも合格しなければ。そして、いつもおいしいうどんを作ってくれる栄作のためにも頑張らないと。


「うん! 行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」


 と、そこに栄作がやって来た。いつもうどんを食べに来てくれるのだから、応援しなければと思ったんだろう。


「礼二、頑張ってこいよ!」

「大将!」


 礼二は玄関を出て、高松の試験会場に向かった。高松へは高松琴平電鉄、通称琴電を使う。


 礼二は駅までの道のりを歩いていた。駅まで歩く人は近づくにつれて多くなっていく。みんな、電車に乗ろうとしている人だろう。


 駅に着くと、多くの人がホームで待っている。今はラッシュの時間帯だから、多いんだろう。いつか自分もこんな風景の中で出勤するんだろうかと考えた。


 しばらくすると、電車がやって来た。琴電の電車は全国各地から集めてきた中古車がほとんどで、その中に少しの自社発注車がある。琴電はよく、『動く鉄道博物館』と言われる事もある。そのほとんどは旧性能車で、大きなつりかけ音を上げて讃岐平野を走っている。


 礼二は電車に乗ると、待っていた人々も乗る。いつもの光景だ。入試の会場の最寄りは瓦町駅だ。そこまで琴平線で向かう。


 礼二は少し込んだ車内で、入試に向けた最後の勉強をしていた。だが、周りの人は全く気にしていない。


 電車は瓦町に着いた。多くの人がおり、礼二も降りた。ここは長尾線と志度線の起点駅で、広い構内を持っている。駅舎は古めかしい十角形の外観だが、近々新しい駅舎に変わるとのうわさもある。


 礼二は白い息を吐いた。試験会場が迫ってきた。みんなのためにも合格しなければ。そして、東京で成長して、豊かさを手にするんだ。


 歩いて10分、礼二は試験会場にやって来た。試験会場には何人かの人がいる。みんな、この日のために一生懸命頑張って来た人ばかりだ。負けられない。両親のためにも、栄作のためにも。


 礼二は指定された席に座った。教卓には大学のスタッフがいる。スタッフは厳しい目で見ている。

 午前9時、試験が始まった。スタッフの声とともに、彼らは問題用紙を開き、解き始める。礼二も真剣な表情だ。みんなのためにも、絶対に合格しなければ。あとでいい報告ができるといいな。


 12時ごろ、試験が終わり、礼二は試験会場を後にした。ベストは尽くせたが、完璧じゃなかった。もっとできたんじゃないかと思う部分が多すぎた。だが、もう終わった事だ。あとは天命を待つだけだ。


 近くの定食屋でお昼を済ませた礼二は、帰りの電車に乗った。行きとは違い、電車は空いている。日中は閑散としている。


 1時半ごろ、礼二は家に帰ってきた。もうこの家にいるのも、あと1か月ぐらいかもしれない。そう思うと、今ここにいるのを大切にしないとと思ってしまう。


「ただいまー」

「おかえりー」


 母の声だ。家には母がいるようだ。父は朝から仕事に出ていて、家にいない。


「いい結果が出るといいね」

「うん」


 受験勉強は大変だったけど、後は合否を待つだけだ。必ず合格して、いい報告ができたらいいな。




 それから数日後、礼二の母は緊張していた。今日、大学の入試の結果が出るのだ。どうなるだろう。母だけでなく、礼二も緊張していた。


 突然、電話が鳴った。入試の結果報告だろうか? 礼二の母はすぐに受話器を取った。電話は大学の関係者からだ。結果が来た。どうか合格していますように。礼二は両手を握って、祈った。


 礼二の母は受話器を置いた。それを見てすぐに、礼二は立ち上がった。


「どうだった?」

「合格!」


 礼二の母は少し沈黙した後、笑みを浮かべた。合格の声を聞いて、礼二はほっとして、喜びの表情に変わった。専願の大学に行けて、本当に良かった。


「よっしゃー!」

「おめでとー!」


 礼二の母も祝福した。この子なら、必ず東京で成長してくれるだろう。




 翌日、礼二は池辺うどんにやって来た。いつもおいしいうどんを作ってくれる栄作や従業員にも、お礼を言わないとと思ったからだ。池辺うどんにはすでに何人かの人が待っている。礼二はそれに並び始めた。


 数分後、やっと礼二の番になった。


「いらっしゃい!」

「ひやあつのかけ並で!」


 俊介はすぐにうどんをゆで、冷やしてどんぶりに入れた。そして、すぐにだしをかける。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 と、礼二は考えた。この人に合格を報告しよう。栄作だけではなく、俊介にもお世話になった。


「荒谷さん、東京の大学に進学するの、決まったよ!」

「本当?」


 俊介は驚いた。栄作から聞いていたが、まさか合格するとは。これからもっともっと頑張ってほしいな。


「うん」

「でも・・・」


 だが、礼二の心は晴れない。どうしてだろう。ちらっと見ている栄作もその表情が気になる。


「どうしたの?」

「何でもないよ」


 だが、礼二は何事もなかったかのように、カウンターの天ぷらを取っていく。あまり言いたくないんだろう。俊介は放っておこうと思った。


「おかしいわね」

「うん」


 安奈も気にしていた。礼二は合格したというのに、どうして何かで悩んでいるんだろうか?

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