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それから時は流れ、荒谷夫婦の子供も、栄作が引き取った子供も歩けるぐらいに成長していた。その間も荒谷夫婦は、3人を愛情たっぷりに育てた。ここまで成長してくれたのを見ると、本当に嬉しいし、未来への希望にもつながる。子供って、こんなものだろうか? 荒谷夫婦だけではなく、あまり面倒を盛る事のない栄作もそう感じていた。
安奈は2人の子守をしていた。明日香は公園で遊んでいて、この時間はいない。2人の子守は大変だけど、可愛い3人の子供を見ると、そのつらさを忘れる事ができる。
そんなある日、1人の女がやって来た。隣に住む後藤だ。後藤は俊介の幼馴染で、まるで姉のような存在だ。だが、安奈と結婚してからは、不倫の噂が出ないようにするためか、交流するのが少なくなってきた。
「あれっ!? この子、誰? もう1人いたの?」
後藤は驚いた。荒谷には2人子供がいると聞いたのに、もう1人いる。また生まれたんだろうか?
「大将の子供」
栄作に子供がいたとは。もう妻はとっくに死んだのに。
「えっ!?」
「ううん。子供を引き取ったの」
安奈は笑みを浮かべた。あんなに子供が嫌いな栄作が引き取るなんて、珍しいな。どうしたんだろうといまだに思う。
「そうなんだ。かわいいね」
「そうでしょ? 両親が殺されちゃって、かわいそうだったから」
安奈は、望を引き取った時の事を、今でも覚えていた。本当の両親が愛情を注げなかった分、たくさん愛情をこめて育てたいな。
「ふーん」
「明るく、元気よく育ってほしいね」
「うん」
後藤もあの事件の事を思い出した。あの事件現場を見に来たが、まさかあの殺された夫婦の子供を栄作が引き取るとは。
「大きくなったら、大将のうどん、食べてほしいね。きっと気に入るだろうね」
「うん」
後藤は思っていた。この子は栄作の子供だから、栄作のようなうどん職人になるんだろうか? だったら面白いのに。
「大将みたいなうどん打ちになるかな?」
「どうだろう。わからないけど、幸せな日々を送ってほしいね」
「うん」
安奈も望の未来に期待していた。うどん職人にならなくてもいい。だけど、本当の夫婦が生きられなかった分も幸せに生きてほしいな。それが、天国の真の両親へのはなむけになるだろうから。
と、そこに明日香がやって来た。公園から帰って来たのだろう。公園で遊んでいた明日香は嬉しそうな表情だ。
「ただいまー」
「あら、おかえり」
後藤もその声に反応した。まさか、明日香が帰ってくるとは。
「明日香ちゃん、お久しぶりね」
「後藤のおばさん」
明日香は笑顔で答えた。後藤は笑顔で返した。
「早く上がったのでやって来たのね」
「ふーん」
と、明日香は昼寝をしている望の様子を見た。望は幸せそうな表情ですやすやと寝ている。望は、本当の夫婦の苦しみを全く知らないようだ。
「望くん、どう?」
「幸せそうにしてるわ」
と、明日香は望の頭を撫でた。俊作同様、子供は可愛い。明日香もそう思っているようだ。
「本当だ。かわいいなー」
後藤もその寝顔に反応した。赤ちゃんの寝顔はやっぱりかわいい。
「かわいいでしょ?」
「俊作同様、弟のように思えてきた」
「そうね」
と、後藤は望を抱えた。安奈はその横で同じく昼寝をしている俊作を抱えた。2人とも、抱かれている事に気づいていないようだ。
「どっちもかわいいなー」
と、そこに栄作がやって来た。仕込みの合間にやって来たようだ。栄作は汗をかいている。うどん打ちで相当体力を使ったのだろう。
「あっ、大将!」
「望の様子を見に来た」
栄作は、望に愛情を注ごうとしているようだ。仕事ばかりで、愛情を注げなかったから、薫はそんな大人になってしまったのかもしれない。だからこそ、望には愛情をたっぷり注いで、いい大人になってもらわないと。
「そっか」
「かわいいなー。でも、あいつのように育ってほしくないな」
栄作はまたもや薫の事を思い出した。今でもあいつは塀の中にいるんだろうか? もうそこから出てきてほしくないな。
「そうよね。いつかは大将の味を受け継いでほしいな」
「俺の味を受け継げるだろうか?」
栄作は疑問に思っていた。香川一と言われている自分の技を受け継ぐことができるんだろうか? 常連に満足してもらえるんだろうか?
「わからないけど、期待しようよ」
「うーん、そうだね」
だが、栄作は期待していた。この子は俺の子だ。きっと俺に似たうどん職人になるだろう。そして、店を継いでくれたら、嬉しいな。
と、栄作は望の頭を撫でた。だが、望は目を覚まさない。
「この子なら受け継げるはず。あいつと違って」
「ああ」
だが、薫の事を考えてしまった栄作は、またもやむっつりとなってしまった。その癖は治らないんだろうか?
「また厳しい表情になって」
「ごめんごめん。またあいつの事を思い出して」
栄作は少し笑みを浮かべた。また思い出してしまった。むっつりとすると、うどん作りに支障が出るのに。
「もう忘れようよ」
「ああ」
栄作はすぐに帰ってしまった。深夜から仕込みをしていて、もう疲れた。しっかりと寝て、深夜からの仕込みに備えよう。
「また帰ってった」
「ほんと、うどん作りが我が人生だと思ってるんだから」
確かにそうだ。栄作はうどんを作る事しか脳にない、うどん作りこそわが人生だと思っているようだ。後藤は笑みを浮かべ、そんな栄作の背中を見ていた。
「ほっときましょ?」
「そうだね」
安奈も笑みを浮かべ、そんな栄作の背中を見ていた。
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