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それからしばらく経ったある日、池辺うどんはいつものように営業をしていた。来るかもしれないと言っていたNHKの取材はまだ来ない。だが、いつ来てもおかしくないような姿勢で頑張らないと。みんな、緊張していた。
その時、カメラを持った集団や取材の人がやって来た。取材がやって来たようだ。
「こんにちはー、取材で来ましたー」
「いらっしゃいませ、どうぞしていってください」
対応したのは俊介だ。俊介の声を聴いて、栄作の目が変わった。真剣な表情を見せないと。
「ありがとうございます」
俊介は丁寧にお辞儀をした。だが、他の人は全く反応しない。いつも通りに作業をするだけだ。
「放送されるのが楽しみっすね、大将」
「おう、楽しみだ!」
栄作は期待していた。この取材で、多くの人が盆休みに来てくれるかもしれない。いつも以上の大行列ができて、収入が上がるかもしれない。
「これがきっかけで、お客さんが増えるといいね!」
「だな!」
そして、池辺うどんの取材が始まった。まず見に来たのは、栄作がうどんを作る所だ。出来上がった生地を伸ばし、細く切っていく。見ていておいしそうで、お腹が空いてきそうだ。実際、撮っていた人の中には、お腹が空いてしまった人もいたそうだ。
その日の夕方、俊介と安奈は帰ってきた。その後ろには、栄作もいる。栄作は望の様子を見に来たようだ。仕事の都合で、全く世話ができないので、ここで世話をしている。大変だけど、頑張って育てないと。そして、立派に成長してもらわないと。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
俊介は可愛い子供たちの寝顔を見て、嬉しそうだ。池辺うどんでの厳しい表情がまるで嘘のようだ。
「俊作も望もかわいいなー」
「でしょ?」
安奈も3人の子供の寝顔を嬉しそうに見ている。成長したら、どんな大人になるのか、楽しみだな。
「いい子に育ってほしいね」
「うん」
と、そこに栄作がやって来た。栄作は厳しい表情だ。子供は可愛いけど、大きくなったら何をしでかすかわからない。
「あっ、大将!」
「望を見に来たんだ」
「ふーん」
栄作は望の様子を見に来たようだ。薫がダメな息子だった分、望にはいい子に、そして思いやりのある子に育ってほしいな。
「やっぱ我が子はかわいいよなー」
「本当はそうじゃないのに」
と、栄作は薫の事を思い出した。子供の頃は可愛かったのに。東京に行って、大きく成長して、ここに帰ってくると約束したのに。こんな事をやってしまうとは。薫の事を思い出すだけで、腹が立つ。
「あいつと違って、いい子に育ってくれればいいんだが」
「そうですね」
と、俊介は、薫の事を思い出した。可愛い男の子で、いつかこの店を継いでくれるんじゃないかと思っていた。だが、今は塀の中だ。どうしてこんな子になってしまったんだろう。だけど、栄作と仲直りして、いつかここに戻ってきて、うどんを作ってほしいな。もう過去の事はいいから、ここで頑張ってほしいな。
「あの子、今頃、どうしてるんでしょうか?」
だが、その話を聞くと、栄作はむっつりした。もう薫の事を考えたくないようだ。
「もうあんな奴、もう知らん! もう香川に帰ってくんな!」
「もう。またむっつりしちゃって」
安奈も嫌な表情だ。栄作のむっつりとした表情を見たくない。気分が悪くなる。
「もうあの子に会いたくないわ!」
「もう言わないようにしましょ?」
「あ、ああ・・・」
俊介は焦っている。また怒らせてしまった。もう薫の事は口にしないようにしよう。これ以上言ったら、また栄作の機嫌が悪くなるから。
と、俊介は望を両手で抱き、高く掲げた。
「よーし、たかいたかーい!」
望は嬉しそうだ。
「かわいがってもらってよかったね」
「ああ」
栄作はそんな2人の笑顔に目を向けず、部屋を立ち去った。まだ薫の事で腹が立っているようだ。
それからしばらく経って、朝から池辺うどんは騒然となっていた。今日は全国高校野球選手権大会の香川県代表の初戦だ。おそらく、ふるさと紹介で池辺うどんが紹介されるだろう。営業時間ではないが、近所の人も集まり、まるでここはパブリックビューイング会場のようになった。ここが紹介されるかもしれないと聞きつけて、集まったようだ。
「おはよう」
「おはよう」
荒谷夫婦と栄作もやって来た。中継はまだ始まっていないようだ。従業員も、集まった住民も、楽しみにしていた。
「あなた、今日な香川県代表が出るよ!」
「本当だ! ふるさと紹介で池辺製麺所が出る!」
「楽しみだなー」
と、香川県代表のふるさと紹介が始まろうとしている。従業員や近所の人々は、テレビに注目している。だが、栄作は真剣にうどんを作っている。ふるさと紹介が始まると、彼らはテレビにくぎ付けになった。
「おっ、始まった! これだこれだ!」
綾川町の映像が流れる。ここは讃岐うどん発祥の地だと言っている。その次に映ったのが、栄作がうどんを作る所だ。栄作は真剣にその様子を見ている。
「あなたが映ってる!」
よく見ると、俊介も映っている。自分の映像が流れるだけで、興奮してしまう。どうしてだろう。
「大将もいる!」
と、安奈はここの常連の野球部員の事を思い出した。ここのうどんを食べて、甲子園でも頑張ってほしいな。
「頑張ってほしいね!」
「うん」
だが、栄作はテレビに目を向けずに、うどんを作り続けている。とても真剣な表情だ。テレビなんか見てられない。うどん作りに集中しているようだ。
「あっ、大将! 今さっき、池辺製麺所が紹介されてたんだよ!」
「そっか。でも、仕込みで忙しいから、見れないんだよなー」
俊介は止めようとしない。栄作はうどんを作る事こそ、人生なのだと思っているから。あまり邪魔をしないようにしよう。
と、安奈は子供たちの事を思い浮かべた。いつかはこの子たちも、このうどんを作るんだろうか? そしてみんなに、おいしいと言ってもらえるんだろうか?
「この子たちも、いつかはこれをやるのかな?」
「きっとね」
そう思うと、俊介の表情もほころんだ。どんな大人になるか、まだわからないけど、いい大人になってほしいな。
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