第13話:ただの純愛

 声を上げることもなく突然の痛みに驚くことも彼はしなかった。流石、僕の右腕だ。

「次、彼女を殺すって言ったら君を殺す」

 一瞬、ナイフを首に突き刺そうと思った。けれど、腕を振り上げたその時、彼女の顔が脳裏に浮かんだ。ということを心から憎んでいる悲痛そうな瞳が。

「これで済ましてあげる。彼女に感謝しなよ、コルテス」

 スっとナイフを抜く。臓器を避けたが、痛むのか眉を潜めた。

「どうして、それほどまでに彼女を……?」

「さぁね。ただの純愛だよ」

 遠い昔。一度だけ父親に連れられて、ベルドール国に行った。豊かな街と偽善に満ちた人々に反吐が出そうだった。自国ならこんな奴らすぐに殺されていると思ってしまった。

 そんな甘い国の甘やかされたであろう姫を一目見たくて、僕は父から離れ王宮を探索した。彼女は、王宮の庭で本を読んでいた。周りにはメイドがいて、犬が花畑を走っていた。その奥ではまだ小さな赤ん坊が笑っていた。穏やかで愛されていて、幸せな世界。

「……僕とは違う世界の子だ。でも」

 僕は生を受けた瞬間から、弱者を切り捨て媚びと争いの中で生きてきた。だけど彼女は、愛なんてものを信じ切っていた。国と自信を天秤にかけられ、呆気なく親に見捨てられ、弟に命を狙われていても、偽りの愛に気付けないお姫様。孤独と隣り合わせなのにそれを認めようとしない子。決められた道を生きなくてはならない哀れな運命。いや、僕は王になるから今までの努力も苦悩も権力者という意味では報われる。彼女は女王になることも出来ず、孤独の代償の努力も水の泡だ。それでも彼女は姫としての自尊心と高潔さを失わない。欲しいと思った。僕の手でこの子の世界を守りたいと思った。

 僕よりも儚く、惨めで、美しい女を。

「利益換算して損だったとしても、どれだけ客観的にみて不必要でも、関係ないんだよ。それが純愛ってものでしょ」

 彼に背を向け、応接間に足を運んだ。コルテスの怪我に気づいた執事が慌てて、医者を呼びに行った。

 さて、無礼な王様に会いに行こうじゃないか、彼女はこれ以上傷つけさせない。

「僕のお姫様は絶対に渡さない」

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