第14話:交渉

 応接間の重たいドアを少し押す。隙間から覗き込むと二人の姿が見えた。

「そうですか。お分かりいただけませんか?」

「検討もつきません」

 ここ数年ずっと聞いていた声は、白々しい程に明るい。それに応対する声は、懐かしさを感じる反面男声特有の成長を感じた。

「姫君が我が国にいるという情報は誤りかと。レイナ姫は、我が国の愚かな兵士に命を奪われたと報告を受けています」

「ええ。姉はあの日に亡くなったと先代からは聞きました」

「でしたら」

「しかし、おかしいのですよ」

 わざとらしく言葉を遮る弟からは、挑発の意思を感じられた。けれど、男は挑発とも捉えていないようにティーカップに口付けた。

「あの日、僕は姉と話していました。そしてそちらの使者との密会の後、彼女は忽然と姿を消した。翌日、先代は国民に姉の死を公表。亡骸も見つからない。明らかに貴方方の来訪はおかしなタイミングです」

「そう言われましても、穏便に済ませていただきたいところですね。ヴァシアとしては貴国といさかいを再び起こしたくありません」

 二人の権力者の腹の探り合いは、仮面を付けているようだった。まるで旧友と話すように落ち着いているのに、どちらも表情と声が一致していない。

「それに、ベルドールの前王は同盟を結ぶ際に『レイナ姫の死に関して一切の責任をヴァシア国に問わない』と仰っております。言葉が汚くなりますが、今更蒸し返されましても……ねえ」

「僕は常々先代のやり方に不満を持っていました。生ぬるい外交をしていると思っているのですよ。過ちは過去も現在も正していくべきです。現王は僕だ。あくまでもそちらが姫を隠すようでしたら、こちらも武力を持さないつもりです。それくらい姉は僕にとって特別な存在だということをご理解いただきたい」

 十以上も離れた子どもだが、隣国の王である。無下にすることも出来ないからか、男の口角が引きつっていた。

「いないものをどうお返しできましょうか」

「では、姉を殺した賠償はどうお考えで? 事実、貴国は我が国の宝である姫を殺害した。太陽を奪われた国民は嘆き怒りに震えました」

「前王は全てを了承したうえで、同盟を結ばれたのですよ」

「外交上手な軍事国であるヴァシアの皇太子様は、数年前の事件を掘り起こして訴訟するなんて日常茶飯事でしょう。こちらも同様のことをしているまでですよ」

 紙が二人の間に叩きつけられる。

「これは……。外交経験がお浅いようですね。賠償金にしては法外ですよ」

 無理な要求を突きつける王は、まるで属国を虐げるようだった。

「ご教授どうも。ですが、僕の考えは変わりません」

 こんなにも冷めた声で相手を威圧する彼は私の愛した弟なのだろうか? 首元で揺れる金色の髪は幼い日の彼にそっくりなのに。私は、こんな子知らない。

「一度了承した案を蒸し返し、その上そんな額を要求するとは……」

 男は脚を広げ、肘を着いた。鋭い視線が弟を射抜く。

「粋がるなよ、餓鬼」

 いつも私を甘やかしてきた瞳は、どこまでも凍てついていた。動じる様子の無い弟は細い身体で必死に王に成りきっているようだった。震えているのは、間違えたことを分かっているからだ。

 レイは私に会いに来ただけ。私がレイに会いたいように、レイも突然失った姉に会いに来ただけなのに。それに、私は王として生きる彼の傍にいられなかった。支えられなかった。レイの間違いを正せるのは私だけだ。

 そんな使命感は私の背を押し、扉を開けた。

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