第11話:永遠の鳥籠

「ディア様、至急おいでください!」

「随分と無礼な客人だね。コルテス、応接間に通しておいて。あと、盛大に持て成してやって」

 苛立ちながらも的確に指示を出す横顔には、いつもの飄々さはなく皇太子の威厳があった。

「レイナちゃん、ごめんね。ちょっとお仕事してくるよ」

 私の頬にそっと口付けると踵を返した。慈愛に満ちたそれは別れを彷彿とさせて、何故か私の腕は彼の袖を掴んでいた。秋風はいつの間にか雨を運び、窓を激しく打ち付ける。

「レイナちゃん? 寂しがり屋さんだね。珍しいな、可愛い」

「……何を隠しているの?」

「隠す?」

 裾を離さず、彼の瞳を射抜く。

「……女王様みたいだね、その瞳。意志があってとても綺麗だよ」

「茶化さないで! これでも心配してあげてるつもりなんだから」

「心配なんて君はしないでいいよ、お姫様はお姫様らしく」

「飼い殺しておけばいいとでも? 私を姫でなくしたのは、貴方よ」

 彼はそっと目を伏せた。ふわりと頭に手を乗せられる。

「君は、僕の作ったこの箱庭で何も知らずに生きていた方がいい。それがお互い一番幸せだよ」

「私はそんな幸せ望んでいないわ。望みを叶えてくれるのでしょう? 舌の根の乾かぬ内に嘘つくような人、大嫌いよ」

 何となく分かっていた。この檻に閉じ込められたあの日から、彼は必死に私を守っていた。敵国の姫を秘密裡に置くことの危険も、外出という我儘を叶えるのも、制限付きで与えられた自由も、常に私に狂気的なまでの愛を向けてくれたことも、私の意思を尊重してくれたことも、全部分かっている。

「私が何も知らないで、呆けているような愚かな姫でないことも。……貴方は知っているでしょう」

「僕は君が大好きだよ。僕が一番怖いのはね、君がこの腕から逃げてしまうことなんだ」

「逃がさないって言ったのは誰よ。憎たらしいけれど、私は逃げられてないでしょう」

「そうだね。僕は君を信じてる。だから手枷を外したし、外へも出した。君は賢い子だから、その程度じゃ逃げないって分かっていたんだ」

 彼は私をベットに座らせると跪き、左足首をそっと撫でた。

「君は誓える? 永遠にこの鳥籠で生きると」

 重苦しい金属音が彼の掌で揺れる。口が動かない。私は、この男に全てを奪われた。けれど、この男は私を姫ではなく一人の女性として扱い、守ってくれた。私を私として認めてくれた。頷いたら、もう被害者ではいられない。私は、望んでここにいるの……?

 唇が震える。声を出しなさいと叱咤しても、迷いは断ち切れない。

「そんな目で見ないで。レイナちゃん」

「……ごめんなさい」

「いや、酷なことを聞いたのは僕だ。君に嘘はつかないよ」

 彼はゆっくりと立ち上がった、私に背を向けて。

「ベルドールの王が僕に謁見に来た。……君の弟君だよ」

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