第10話:拒絶
「君に殺されるなら本望なのに……。あぁ、君は」
「美味しいって普通に言いなさいよ。シュガーとソルトを間違えたのかと思ったわ」
冗談で返せば、彼はやっと素直に
「美味しい!」と笑った。次々と口に運んだ。
「ああ、重たい」なんて心の中で毒づいたのは、鎖に対してか彼に対してか。『Blanca nieves』と箔押しされた本は、ベットサイドから私たちをそっと見つめていた。
*
「今年はあんまり実ってないのね」
小さな窓から外を見つめ、何度目かの赤に呟いた。小振りなそれは秋風に揺られながらも、必死に枝に掴まっている。
「レイナちゃん! 今日も綺麗だね」
「来てたの? 最近忙しいみたいだから、何処かで行き倒れているのかと思っていたわ」
「お姫様を置いて王子様は死ねないよ」
笑顔はいつも通り飄々としているのに、久しぶりに聞いた声は幾らか疲労が滲んでいた。私がこの部屋に連れてこられて、数年が経った。けれど、こんなにも彼が疲弊しているのは見たことがない。
ベットに腰掛け、からかう様に左足を鳴らす。
「こんな鎖、外してくれたら手伝ってあげるのに。これでも私は女王になるかもしれなかったのよ? 少しくらいなら知識はあるわ」
「君は女王になりたいの?」
憂冷のアメジストが私を映した。女王という肩書きに憧れがないと言えば嘘になるだろう。幼心を抑圧し、教育された数々は全て女王になるためのものだった。私も女王になるものだとばかり思い込んでいた。でも私には、レイがいてくれた。彼が王になるのなら、憧れなど捨ててやる。大切な弟が権力で心を痛めないでさえいてくれれば、私は自分の今までの努力も苦しさもどうでもいい。ずっとずっとレイの方が大切だ。
「そんなわけないでしょう。私の弟が王座に就くのなら、きっと優しい国になれるもの」
「……そうだね、きっと。それに君は女王にはなれなくても王女様にならなれるよ」
「誘拐された挙句、監禁されている王女なんて笑えないわよ」
凄むように睨み付けても、彼は嬉しそうに目を細めるだけだ。
「誘拐じゃなくてお招きだよ」なんて笑う彼の脳内は茹っているに違いない。それでも彼が普段通りに笑っているという事実に、安堵している自分がいる。この男に感化され、私の頭もこの数年でだいぶ茹ってきたのだろうか。
「ねぇ。久しぶりに外に出して」
そんな馬鹿げた思考を振り切るように、視線を彼から外に戻した。
「風にあたれば少しは茹った脳も醒めるだろう」なんて言い訳をつけて。
「お散歩したいの? うーん……。ちょっと最近忙しいんだ。しばらくは我慢してほしいな。どうしてもって言うならコルテスを付けるけど……」
初めてだった。彼が私の言う事を拒否した。彼は、眉を下げると私の髪を掬った。
「君が望むことは何でもしてあげたい。でも一番大切なのは君自身なんだ」
悲痛そうな瞳に声を掛けようとしたとき、激しい音と共に扉が開いた。反射的にそちらに目を向ければ、コルテスさんが息を切らしていた。
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