27.火の玉剛速球添い寝

 夜、ベッドの中で父さんに言われたことを思い返す。


 仕事か……。まさか、また俺にそんな話が来るなんて。


 一体、どんな仕事なんだろうか。しまったな、ちゃんとそこを聞いておくべきだった。


 ひよりも茜もを頑張っている。俺はどうなんだろ。


 昔は、右も左も分からないまま、ただがむしゃらに自分の与えられた仕事をして……。


「お兄ちゃん、入ってもいい?」


 げっ、ドア越しからひよりの声が聞こえてきた。


「いいけど、どうした?」

「一緒に寝よ」

「……」


 まーたひよりがやってきた。


 だから今日は父さんにいて欲しかったんだよ。あんな週刊誌の記事を見てしまったら、いつも以上に意識しちゃうよ。


「寝ない。この前も言ったかもだけど、俺たちもう大人だよ」

「でも兄妹じゃん。それくらいいいでしょ」


 ひよりが忍び足で、俺の部屋に入ってくる。

 そのまま音を立てずに俺と同じベッドに入ってきた。


「全く……」

「入っても良いって言ったじゃん」

「ベッドの話じゃない……」


 ひよりがぴったり体を寄せてきくる。触り心地の良い薄ピンクのパジャマを着ている。シャンプーの良い香りもする。


 あー、もうっ!


 またゴリラひよりちゃんを思い浮かべないといけないじゃんか。


「お兄ちゃん、お仕事はどうするつもり?」

「今ちょっと考えてる」

「私、やだよ」

「えっ?」

「私、お兄ちゃんが仕事するのやだ」


 ひよりが包み隠さず、そんなことを言ってきた。


「なんで?」

「お兄ちゃん仕事嫌いだったでしょ? 私、お兄ちゃんが可愛いって言われてるところ見たくない」

「……」

「私のお兄ちゃんはカッコいいんだもん」


 ひよりが俺の胸の中で小さく怒っている。父さんの前でもそうだったが、ひよりは俺が仕事をやることをよく思っていないようだ。


「考えたってことは少しは前向きになってるんでしょ?」

「まだ分かんないって。でも、みんな頑張っているから俺も頑張らないとなって思っているだけ」

「頑張っている?」

「ひより、めちゃくちゃ頑張ってるでしょう。今日もとても頑張ったよ」

「うぅ」


 俺がそう言うと、ひよりの手がさりげなく俺のお腹に回ってきた。


「お、お兄ちゃんも頑張ってると思う」

「そんなことないと思うけどなぁ」

「ううん、一生懸命私のこと大切にしてくれてるもん」

「……」

「……」


 気まずい雰囲気が流れる……。


 まずい、兄妹の雰囲気ではなくなってきてしまっている。


「……私、知ってるよ。お兄ちゃんは真面目だから、お父さんにああ言われたら仕事に戻るしかないって」

「だから、それはまだ分からないって」

「私、知ってるもん。今村茜に応援されたときにちょっとホッとした顔してたって」


 ひよりの体が震えている。


 ようやく登校できるようになったとはいえ、まだまだ一人になるのは怖いのかもしれない。


「大丈夫だよ、ひよりのことは一人にしないから」

「本当? 彼女作ったくせに?」

刺々とげとげしいなぁ! ひよりと茜はもう友達でしょう」


 俺の口から茜の名前を出したら、ひよりの頬がぷくっと膨らんだ。


「そりゃそうだけど……」


 ひよりの目が吊り上がり、眉がハの字になった。


「……私ね、この前の文化祭から思っていることがあるの」

「うん?」

「自分の思っていることは、ちゃんと言わないといけないなって」


 ひよりの顔がほんの少し、俺の顔に近づいた。


「私、今、お兄ちゃんとキスしたいと思ってるよ」

「この前からキスキスって……。天ぷらでもあげるつもりかよ」

「それ魚のきすね」


 真顔で返された。


 料理が上手いだけあってしっかり返された。


「はぁ……キスってそんなに大切か?」


 精一杯強がってそんなことを言ってみる。


「どういうこと?」

「俺、仕事で何回かしたことあるし」

「あれはノーカンでしょ! あんなのちゃんとしたチューじゃない!」


 今度はチューになった。ひよりがゴリラからネズミになった!


「じゃあ私としてみようよ? 仕事とは違うかもしれないよ?」

「やだよ、俺には彼女いるし」

「じゃあ、お兄ちゃんは今村茜とはしてみたいって思ってること?」

「……」

「黙ったぁあああ!」


 ひよりの目にじわっと涙が浮かんでいく。


「もういいでしょ、この話。この歳になって一緒のベッドにいるのはおかしいって」

「そんなの知ってるもんっ」

「え?」

「それでも私はお兄ちゃんと一緒にいたいって言ってるの!」


 ひよりが痛いくらい俺のこと抱きしめてくる。


「私、週刊誌の記事は嫌じゃなかったよ! むしろグッジョブみたいな?」

「でも、やっぱりであの記事は許せないって」

「うっ」 


 どうしよう……。今日のひよりはいつもより直線的だ。


 ひよりと向き合うと決めた以上、真っ直ぐ来られたら俺も真っ直ぐ答えないといけない。まるで剛速球でキャッチボールしているみたいになってきた。


「……お兄ちゃん、私が文化祭で言ったこと覚えてる?」

「言ったことって?」


 ひよりが、体を起こした。はらりと布団がめくれ上がってしまった。


「……私、受け身なだけじゃダメだよね」

「ひより?」

「なかったことにされそうだから実行しとく。それにお兄ちゃんと寝たいっていうのはこういうことだからね」


 俺の頬に、ひよりが両手を添えてきた。なんだろ、今日のひよりはいつもよりちょっとおかしい。


「……お兄ちゃんにとって、キスなんて大したことないんでしょ? 私、妹だから気にしないでね」


(え?)


 抵抗する時間なんてなかった。


 ――あまりにもあっさり、俺とひよりの唇が触れ合ってしまっていた。


「んぅ」

「!?!?!?」


 な、なんか一緒に舌が入ってきたんだけど!?

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