26.二番目にしてやる!
俺に仕事のオファー……?
父さんの一言に、動かしていた手が止まってしまった。
「なんで今更?」
「お前は自分の知名度を低く見過ぎ。週刊誌に撮られた理由をまだちゃんと分かっていないみたいだな」
「……」
「自分で思っているよりも、お前のことを業界で必要としてくれるは沢山いるよ。それは良い意味でも悪い意味でも」
まるで叱りつけるような口調で、父さんが俺にそんなことを言ってきた。
想定外中の想定外。正直、頭が真っ白になっている。
「やらないよ。やるわけないじゃん」
ひよりが毅然とした態度で父さんに答えた。
「えっ? 良いお話じゃないの? 私はトオル君の決断を尊重するよ」
「私の発言にかぶせるなぁああ! これじゃ私が理解のない嫁みたいじゃん!」
「ひよりちゃんは嫁ではないでしょう! 妹!」
「うー! うー!」
茜の一言がひよりにクリティカルヒット! ひよりがその場で地団駄を踏みそうなくらい悔しがっている。
「あははは! 本当に二人とも仲が良いんだね」
「ぐぬぬぬぬ……!」
ひよりが眼光鋭く茜を睨みつける。父さんの手前、言いたいことを少しは我慢しているようだ。
「こんな理解のある彼女さんがいるなら透は大丈夫かな。ま、今すぐ返事が欲しいわけじゃないからゆっくり考えてくれ」
「分かった……」
「茜ちゃん、これからもトオルのこと宜しくね」
父さんが真剣な声色で茜に声をかけた。
「はいっ! 任せてください!」
「任せられるか! 宜しくされるな!」
その会話にひよりが割って入ってきた。
「さっきからひよりちゃんが小姑みたいなこと言ってる……」
「わ、私が小姑!?」
ひよりに会心の一撃!
ひよりが目をぱちぱちさせてショックを受けている。
「うっうっ、将来の夢はお嫁さんだったのに……まさか小姑だなんて言われるなんて……」
ひよりががっくりと肩を落として、ぼそぼそっとそんなことを言っているのが聞こえてきてしまった。
※※※
「えっ!? 泊まらないの?」
「おう、さっき電話が入って仕事になっちまった。今日はこのまま向こうに帰るよ」
「忙しすぎ!」
焼肉を食べ終えて、俺たちは店の外にでた。なにやら父さんは、今日はそのまま
「今日はひよりちゃんの初登校だからさ。どんなに忙しくても来るってもんさ」
父さんがばちーんと俺にウインクをした。中年の若作りってちょっと痛々しい。
「それに今日は帰ってきて良かったよ。色々、収穫もあったしね」
「収穫?」
「二人に友達ができたってこと。透にとっては彼女だけどね」
ちらっと父さんが茜のことを見る。その茜はなにやらひよりとぎゃいぎゃいやり合っている。
「茜ちゃんに先に言われちゃったけど、俺も透の決定は尊重するから、あんまり気負わないように」
「分かってる。ありがとう」
「それじゃ、なにかあったらすぐに連絡するように」
「それも分かってる」
そう言って、父さんはタクシーに乗って行ってしまった。
仕事か……。
まさかまたこんな話になるなんて夢にも思わなかった。
「お兄ちゃん、やらないよね?」
「え?」
ちょいちょいっと後ろからひよりに服の裾を引っ張られた。
「あんなに嫌な思いしたのにやらないよね?」
「……」
ひよりの大きな目が俺のことを心配そうに見つめている。
「ちょっと考えてみる。父さんのメンツもあると思うから」
「あっ」
業界人の父さんにとって、体面や面目といったもの自分の仕事に直結する大切なものだ。きっとこの話も、父さんあってこその話だろう。
「さっきも言ったけど、私はトオル君の意思を尊重するからね。相談にのれることがあったらなんでものるよ」
再度、茜が確認するように同じことを言ってくれた。
「二番目が二度同じことを繰り返すなぁああああ!」
「もぉおお! ひよりちゃんがいると全然話が進まない!」
「それ私の台詞! なんでいつも良い所で入ってくるの!?」
「そんなつもりはないのに……」
「どれだけ私の脳を壊せば気が済むのあんたは! 破壊神かあんたは!」
「だから勝手に壊れていくだけなんだってばぁ……。ひよりちゃんの脳って風で吹っ飛ぶ砂のお城みたいなんだもん」
「あんた絶対に煽っているでしょう!」
こいつら、今日一日ずっと元気だなぁ。ひよりもこの調子ならきっと学校でもうまくやっていけると思う。
「お兄ちゃん、邪魔者は置いて帰ろう!」
「邪魔者言うな、可哀想だろ」
「うー! 私に味方はいないのか!」
「あー、もうそうことじゃなくてっ! 茜、とりあえず家まで送るよ。父さんからタクシー代もらってるから」
明日も学校なのに今日はもうくたくただ。一人で考えたいこともできたので、今日はもう帰ろう。
「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんからまだ初登校祝いもらってない!」
「そんな話あった?」
「ないけど今作った!」
ひよりがまたよく分かんないことを言い始めた。
「もー、じゃあなに欲しいの?」
「お兄ちゃんのファーストキス! そこの女を二番目にしてやる!」
ほ、本当によく分かんないこと言ってやがる。
「そんなことしなくても、私、既に二番目なんだけど……」
茜の自虐もまた始まってしまった。
どうして父さん帰っちゃったの……。文化祭のときと同じようなこと言い始まっちゃったよ。
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