25.片岡家の父

「げっ!」


 変な声が出てしまった。

 うちの父さんは大手の広告代理店勤務だ。

 こういう情報にはとても敏感だった……。


「ちょっとベタベタしすぎじゃないか?」


 父さんがじっと俺のことを見つめる。

 

 まいったなぁ……。


 父さんは、ひよりに対してかなり過保護だ。


 きっと再婚相手の娘だからだというのもあるのだろう。


 だからかわざわざ東京から地方に行くのも許してくれたし、ひよりの気持ちがラクになるまではと引きこもりの件も容認してくれていた。


「お父さん、それは私が兄さんに付き添ってもらったからですよ」

「むっ」

「ちょっと人前に出るのが怖くて、くっつきすぎちゃいました」


 ひよりが俺の一歩前に出た。


 俺たち家族は決して仲が悪いわけではない。


 ……が、やっぱり俺と母さん、ひよりと父さんの血の繋がらない者同士は、どこか遠慮が存在してしまっているような気がする。


「そうか……。ひよりちゃん、とにかくとおるに何かされそうになったらすぐに言うんだよ」

「あははは、私的には何かされたいんですが」

「ん?」

「あっ、なんでもないです!」


 ひよりがしまったという顔をしている!


 アホぉおお! 父さんはかなりそこを気にしているのに!


 父さんは一度離婚を経験しているからか、家族の形というものをかなり大切にする!


 “とおるとひよりに間違いがあったら俺たちは家族でいられなくなる”


 酔った勢いでそんなことを言っていたのを聞いたことがある。

 実際、俺とひよりを二人きりにするのはかなり抵抗があったらしい。


「こんな顔をしててもとおるも男だからなぁ」

「身内に容姿いじりをされるとは思わなかったよ。ところで母さんは?」

「母さんは仕事。俺も明日の始発で東京に戻るよ」

「そっか」


 相変わらず忙しい二人だ……。

 それくらいならわざわざ帰って来なくてもいいのに。


 でも、正直助かったかも。


 ひよりとは色々あって、家で一緒にいるのはちょっと気まずい感じもあった。


 父さんがいればそんな雰囲気はふっ飛ばしてくれるだろう。


「それにしてもとおる、こんな記事を書かれるのは軽率だぞ」

「うっ」

「子供の頃から気をつけろって言ってたよな」


 父さんのお説教が始まってしまった。


 記事を書かれるようなことはするな!

 取材には真摯に答えろ!


 昔から父さんに口うるさく言われていたことだ。


「お父さん! 兄さんは私のために頑張ってくれてます!」

「むっ」

「だから兄さんのことを責めないでください!」


 ひよりが俺のことをかばってくれた。


「それに昔からお父さんは私と兄さんのこと気にしているみたいですが……」

「みたいですが?」

「わ、私はずっと兄さんを――」

「あっ」


 ひよりが父さんに何かを言おうとしたとき、父さんが俺たちの後ろにいるもう一人の存在に気がついた。


「あっ、すみません。すっかり家族の会話をしてしまって」

「い、いえ……」


 父さんがあかねに挨拶をした。

 あかねは緊張した様子で固まってしまっている。


とおる、そこのお嬢さんは?」

「……今村いまむらあかね。クラスメイトだよ」


 すっげー嫌な予感がしてきた。

 あかねが口をパクパクさせている。

 

今村いまむらさん、これからもとおるとひよりちゃんと仲良くしてあげてね」


 父さんが丁寧にあかねに頭を下げた。


「あ、あの!」

「ん?」

「私! とおる君とお付き合いさせていただいてますっ!」


「馬鹿かぁあああああああああ!」


 あかねのぶっこみと同時に、ひよりの慟哭が聞こえてきた。

 



※※※




「あっはっはっはっ! まさかとおるに彼女ができるとはなぁ!」


 その後、俺たちは近くの焼肉屋さんにやってきた。

 ひよりの初登校祝いらしい。


「いやー! あかねちゃん! これからもとおるのこと宜しくね!」

「はい!」

とおるって人間不信なところがあるから心配してたんだよ!」


 既に名前で呼ばれているし……。

 一気に父さんとあかねの距離が縮まってしまった。

 

「むっすー……」


 一方、主役のはずのひよりは完全に不貞腐れてしまっている。


「きょ、今日はひよりのお祝いだから」

「じゃあなんでこいつがここにいるのよ!」


 俺がそう言うと、ひよりがあかねのことを指差した。


「こらこら、ひよりちゃん。人のことを指差すのは良くないぞ」


 父さんがひよりの指を抑える。


「うっ、うっ……。私の隣はいつもお兄ちゃんだったのに……」


 ひよりが席順に対しても文句を言い始めた。


 いや、父さんの隣があかねはおかしいじゃん……。


 四人席のテーブルには、俺の隣にはあかね。向かいにはひよりと父さんが座っている。


あかねちゃんはひよりちゃんがそんな風に感情剥き出しになれるほどの友達なんだね」

「と、友達ィ!?」


 ひよりは、父さんの前だといつも“良い娘”でいたのに、今日はあかねのせいでそれが完全に崩れてしまっている。いやあかねのせいではないけどさ。


「あっ、私お肉焼きますよ」

「いいよ、いいよ。気にしないで」

「でもご馳走になってしまっているので……」

あかねちゃんは気が利くね~」


「ポイントを稼ぐなぁああああああ!」


 ひよりが半べそになりながら、父さんとあかねの会話に割って入った!

 

「あっはっはっはっは!」


 その様子を見て父さんが本当に楽しそうに笑っている。

 安心したような、満足したような、そんな顔をしている。


「酒飲み過ぎるなよ」

「おう、気をつける。ところでとおる、今日はもう一つ話があるんだが」

「話? 話って何さ?」


 父さんの表情が急に真面目なものに変わった。


とおる、もう一度役者をやってみないか? お前に仕事のオファーが来てるんだ」

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