21.ひより、登校する

「ひよりー、準備できたか?」

「うん!」


 ひよりと一緒に朝の支度をする。

 今日は文化祭が終わった後の週明けの月曜日。

 記念すべきひよりの初通常登校日だ!


「父さんがひよりの制服の写真を送ってほしいだってさ」

「えぇー、めんどくさい……。なんで一人で写真撮らないといけないのよ」

「じゃあ一緒に撮るか?」

「撮るぅ!」


 ひよりが俺に抱きついてきた。

 ひよりはあれから異様にボディタッチが多くなってしまった。


 


●●●




今村いまむらあかねぇえええええ!」

「痛ぁあああい! なんで突進してくるの!?」

今村いまむらあかねが私よりも先にお兄ちゃんと手を繋ぐからでしょう!」

「フルネーム呼びは違和感あるからやめてよぉ!」


 あかねが腰をさすりながらひよりに抗議をしている。


「そんなに鋭いタックルができるならアメフト部に入りなよ! アイシールド付けたら伝説になれるよ!」

「言っている意味が分かんない」


 ひよりがぷいっとそっぽを向いた。

 かなり感じが悪い。


「隙あれば私の脳を破壊しようとする今村いまむらあかねが悪い」

「それはごめぇん……だってひよりちゃんの脳が豆腐並みに脆いんだもん……」

「うるさーい! 謝ってるのか煽ってるのかどっちなのよ!」


 ひよりがあかねに飛びかかった!


「ひより! 暴力は――」

「忘れろ! 忘れろ! お兄ちゃんの手の感触を忘れろ!」


 ひよりが必死にそんなことを言っていた……。


 


●●●




「お兄ちゃん、手を繋ごう」

「やだよ。恥ずかしい」

「じゃあ勝手に繋ぐからいい」


 ひよりが俺の言葉を無視してぎゅっと手を握ってきた。


「私のほうが柔らかいでしょう! あんな鶏ガラ女より!」

「ひどい言われよう」


 知らないところであかねがひよりにボコすか言われている。


 あかねは細身で背が高めなだけで、鶏ガラと言われるほど痩せているわけではない。出るところは普通にちゃんと出ている。


「あっ、間違った。お尻はまだ肉がそぎ落とされてなかった」

「お前は何を言ってるんだ」


 ひよりがそう言って更に俺に身を寄せてきた。

 体と体が完全に密着してしまっている。


「お兄ちゃん、私柔らかい?」

「……」


 無視だ無視だ!

 つーか、そもそもこんなバカップルみたいな写真を親に送れるかッ!


「ほら、離れろって」

「やだー! つまんない! お兄ちゃんが一緒に撮ろうと言ったんじゃん!」

「写真はつまらなくていいの」


 ひよりの様子は以前とは大分変わってしまったが、俺はお兄ちゃんムーブに徹しなければ。


 今日は早めに行って、ひよりに学校を案内してやらないといけないし。


「ほら! 写真撮ったから学校に行くぞ!」

「うぅう、学校怖いよぉ……友達出来るかなぁ……」


 ひよりが直前になってひより始めた。


 


※※※




「おはよー! トオル君、ひよりちゃん!」


 家から少し歩くと、あかねがいつもの通学路で俺たちのことを待っていた。


「な、なななんであんたがこんなところにいるのよ!」


 ひよりがさっと俺の後ろに隠れた。


「ひよりちゃんの初登校だから一緒に行こうと思って!」

「なんであんたなんかと!」

「友達と一緒に行きたいと思ってもいいじゃん……」

「うぅ……」


 友達という言葉にひよりが怯んだ。

 どうやらそこにつっかからないらしい。


「おはようあかね。こんなところで待ってないでうちに来れば良かったのに」

「毎日お迎えに行ったら迷惑かなって」

「気にしないでいいよ。本当なら俺が行かないといけないのにごめんな」

「ふふっ、ありがとうトオル君」


 本来なら彼氏の俺が、あかねのことを迎えに行かないとだよなぁ。

 あかねにはしてもらってばかりで申し訳ない気持ちになってくる。


「気にしろ! 朝からいちゃいちゃするなー!」


 そのやり取りを見たひよりが、俺とあかねの間に割って入ってきた。


「いちゃいちゃはしてないでしょう!」

「本当ならその場所には私がいるはずだったのに!」

「ひよりちゃんとトオル君、同じ家に住んでるじゃん……」

「そういう意味じゃない!」


 あ、朝から元気だなぁ……。

 ひよりがいるだけでこんなに賑やかになるものなのか……。


「私たち同じクラスだから仲良くしようよぉ……」

「うっ」


 あかねがそう言うと、ひよりが気まずそうに目線を逸らした。


「それに、ひよりちゃんと仲良くなりたい人はいっぱいいると思うよ」


 あかねがひよりにニコっと笑いかけた。


 


※※※




 教室の前に行くと、ひよりがぼそっとこんなことを呟いた。


「うぅ、お腹痛くなってきたぁ……」

「大丈夫か? 今日はここまでにしておく?」

「で、でもぉ」

「ここまで来れただけでも十分だよ。よくやったよ」

「う、うん……」


 ひよりが俺の言葉に頷く。

 コンビニにすら行けなかったひよりが、ここまで来れるようになっただけでも大進歩だ。


 俺としても体調が悪くなるほどはひよりに無理はさせたくない。



あかねおはよー!」

「あっ、おはよー!」


「あかちん、今日も彼氏と登校ー?」

「あ、朝からからかわないでよっ!」



 俺たちがまごついていたら、あかねがクラスメイトたちに話しかけられていた。


「ぐぬっ」


 その様子を見て、ひよりの顔色が変わった!


「やってやる! やってやるもん!」

「ひより?」

今村いまむらあかねには負けないもん」


 ひよりが俺の前に出た。

 そのまま教室の扉に手をかける。



ガララッ



 教室の扉が勢いよく開いた。

 教室中の視線が、一気にひよりに向けられる。


「み、皆さん初めまして、片岡かたおかひよ――」


 ひよりが挨拶をしようとした瞬間、ドッと教室中が歓声に沸いた!



「あーー! 文化祭に出ていた子だーー!」


「うちのクラスだって言ってたから! この前の主張感動しちゃったよー!」


「ひよりちゃーん! これから宜しくね!」


「やべぇ! めっちゃ可愛い!」



 ……ひよりは俺が思っていたよりも人気者になっていたようだ。

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