18.早い者勝ちの原則

「ぐすっ、えぐっ、緊張したよぉ……」

「頑張った! ひよりはよく頑張った!」


 主張を終えたひよりが、よれよれと俺たちのところに戻ってきた。

 目には大粒の涙を浮かべている。


「お兄ちゃん……私の気持ち聞いてくれる……?」

「分かった。ちゃんと聞くから」

「うぅ……ぐすっ……」


 みんなの邪魔にならないように、俺たちは屋上の隅の方に移動することにした。


 ひよりは腰が抜けたように、へたへたとその場にへたり込んでしまった。


「私ね、今のままだとダメだと思った」

「そんなことは……」

「ううん。好きな人に好きになってもらうには、今のままの私だとダメだと思ったの……」

「……」

「私、変わるから! だから今は“何故か”妹にそんなこと言われてるってることにしておいて!」

 

 ひよりの目からは涙が溢れてしまった。


 俺が良くなかった……!

 半端な態度をしていた俺が良くなかった。

 今度はちゃんとひよりの気持ちを受け止めてやらないと!


「俺――」

「ひより!」


 ひよりに声をかけようとしたら、いきなりあかねが俺たちの会話に混ざってきた。


「友達になろうよ」


 あかねがひよりに手を差し伸べた。


「はぁあああああ!?」

「これから学校に来るんでしょう? 一人だと大変だよ」

「お兄ちゃんがいるもん」

「同性の友達も欲しいでしょう?」

「うっ……」


 ひよりはあかねの手を取らない。

 不満そうにあかねの顔を見上げている。


「私、ずっとひよりさんは憧れだった。けど今日からは友達。遠慮はなしだからね」

「うぅ……!」

「それと私はあんたじゃなくて――」

今村いまむらあかねでしょう! 自己主張しすぎ!」

「そ、そこまでしてないでしょう!」

「あんたなんかに助けられなくても一人で立てるもん!」


 ひよりがゆっくりと立ち上がった。

 足はがくがくと震えている。


「二番目のくせに偉そうに……!」

「はいはーい、ひよりちゃんの言う通り、昨日のミスコンでも無事二番目に格下げになりましたよーだ」

「うぅううう!」


 開き直ったあかねに何も言い返せないひより。


「あんたなんて! あんたなんて!」

「どうせ私なんかですよーだ。それは一番自分が分かってますー」

「絶対に負けないんだから!」

「うん、でも困ったことがあったらなんでも言ってね」

「え?」


 ひよりから心底びっくりしたような声が出た。


「好きな人のために何かしたいっていう気持ちはよく分かるから。それに私はひよりちゃんのことも好きだし」

「なにそれ……」

「さっきの主張、とても良かったよ!」

「随分、上から目線じゃない!?」


 ひよりとあかねがぎゃいぎゃい言い合っている。

 も、もう普通の友達ってことでいいんじゃないかな……?


「ひより」

「ん?」

「ひよりが気持ちを伝えてくれたように、俺の気持ちも言っておくから」

「う、うん……」

「俺、ひよりのことは誰よりも大切なだと思ってる。でも、あかねのこういうところが好きかもしれないんだ」

「……」


 ひよりからすぐに返事は聞こえてこなかった。


「寝てから言う」

「えっ?」

「今度からは寝てから言うから」


 ひよりが俺に思いっきりあっかんべーをしてきた。

 い、今までそんなことされたことはなかったのに!


「ところでトオル君!」

「んー?」

「文化祭終わったら連休があるでしょう? どこかにお出かけしない?」

「どうした急に?」

「だって、さっき宣戦布告されたから」


 ひよりの態度に地味にショックを受けていたら、急にあかねが俺のことを遊びに誘ってきた。


「私のいる前でデートに誘うなぁああああ!」


 ひよりの慟哭どうこくが聞こえてきてしまった……。



 ――俺は、間違いなく今村いまむらあかねに惹かれていると思う。



 だから、あかねなら付き合ってもいいなと思えた。


 この前調べた寝取られには、早い者勝ちの原則というものがあるらしいけど……。


 俺はそういうのは関係なしに、片岡かたおかひよりと今村いまむらあかねに向き合いたいと思った。

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