15.寝てから言った

「じゃ、そういうことだからさん」


 ひよりが勝ち誇った笑みを浮かべて、そのまま去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 寝たってどういうこと!?」


 朝からこんな話をされて、混乱している様子のあかね


 いや、寝たけど寝てねーよ。


 “寝る“の悪用が酷すぎる。


「それに二番目ってどういう意味!?」

「だって、お兄ちゃんと最初に寝たのは私だもん。これからあなたが何をしようと二番目でしょう」


 そ、添い寝ってそんなに大袈裟なことだったんだ。

 俺、初めて知ったよ。


「そ、そんな……」

「自分の立場を思い知りなさい。この尻でかヘアピン女」

「し、尻でかっ!?」


 ひよりの前では終始緊張した様子だったあかねだが、ついにこの言葉で顔つきが変わった!


 細い眉毛がきりっと吊り上がり、目元が険しくなっている!


「そんなにお兄さんのことが好きだったなら、さっさと告白すれば良かったでしょう!」

「うっ……ぐっ……!」

「一緒に住んでたなら、いつでも告白できたよね!? しかも家族だから何年もも一緒にいたんでしょう!?」

「うぐぐっ……!」

「私はトオル君のことが好きになったからすぐに告白したもん! ひよりさんみたいにひよらないで! ひよりさんみたいにひよらないで!」

「ひよりがひよったって言わないでぇ! しかもなんで二度言った!」


 めちゃくちゃ効いている。

 思わぬ反撃に、ひよりが一歩後ずさる。


「私、知ってるもん! トオル君は簡単にそういうことする人じゃないって!」

「ふんっだ、あなたがお兄ちゃんのなにを知ってるのよ!」

「トオル君は真面目な人だもん! 自分に利益がなくても、誰かに手を差し伸べてくれる優しい人だもん!」

「馬っ鹿ね~。お兄ちゃんだって男子高校生だよ? 性欲まみれに決まってるじゃん」

「そんなことないもん!」

「あっ、分かった! あんたね、お兄ちゃんにおっぱいを見せた女って!」

「見せてない! 見られたんだもん!」


 誰か一刻も早くこいつらの口を塞いでくれ!

 朝からなんていう会話を繰り広げてくれているんだ!


「あーやだやだ! 自分の体を使ってさ」

「私からトオル君を寝取ろうとしているひよりさんがそれを言う!?」

「あんたが私からお兄ちゃんを寝取ろうとしているの!」


 はぁ……。

 朝から溜息しかでない。


 ひよりがこんなに感情剥き出しに同級生と言い合っているのは初めて見た。

 

 “時代最強の美少女 片岡ひより”の真の姿がこれでは、ファンの千年の恋も一気に冷めてしまうだろう。


「もういいっ! トオル君、早く学校に行こう!」

「まだ着替えてない……」


 あかねが俺の手を引っ張る。


「ちょっと待ちなさいよ! あんたには私の圧倒的実力を見せてやるんだから!」


 そう言って、ひよりはドタバタと自分の部屋に戻っていった。

 ひよりの台詞がいちいち小物臭いのは絶対に気のせいではないと思う。


 


※※※




「あんな可愛い子うちの学校にいた?」


「やばい一目惚れしそう」


「俺、声かけてみようかな……」


「やめとけって、後ろに片岡かたおかいるぞ。絶対に片岡かたおかの知り合いだって」



 文化祭最終日、朝の校門前。


 ひよりが俺とあかねの前を歩いている。


 今日は毛先が少しうねったボブヘアーを後ろに短く結んでいる。


 おろしたての制服は少し大きめだったみたいだが、それを感じさせないくらい堂々と歩いている……ように見える。


 色素の薄い髪がやや目立つのも相まって、通りすがる人たちはみんなひよりに目を奪われているようだ。


 ……身内の俺が言うのもなんだけどひよりは天才だと思う。


 顔は各パーツが黄金比で整っている。

 それに加え新雪のような白い肌。

 モデルらしいスラっとした完璧な体型。


 見た目だけでも超一級のものを持っている。


 ――だが、この子にはそれ以上の才能がある。


 他人に自分のことを“可愛い”と思わせる才能。


 うまく説明できないが、言葉には言い表せないオーラをこの子は持っている。


 他人に自分のことを可愛いと思わせる説得力をこの子は持っている。


「お、おおおお兄ちゃん……! 人がいっぱいいるよ!」


 あくまで、この話はひよりがしゃべらなければだけどな……。

 さっきまであかねに息巻いていたのもどこへやら。

 兄だから分かるが、堂々と歩いているのもただの強がりだ。

 

「大丈夫だから。とりあえず一緒に職員室に行こうか」

「で、でででもぉ……」


 ひよりが怯えたような声を出している。

 あかねの言葉を借りるなら、ひよりがひよりモードに突入してしまった。


あかねはどうする? 俺たち、これから職員室に行くけど」

「……」

あかね?」


 ふとあかねのほうを見る。

 何故かあかねがぼーっとしている。

 完全に心ここにあらずの状態だ。


「おーい、どうした?」

「あっ、ごめん……」


 あかねの肩を揺すると、ようやくこちらの世界に戻ってきた。


「どうした? 大丈夫か?」

「い、いや、やっぱりひよりさんは可愛いなぁと思って……」

「え?」

「だってずっと私の憧れだったもん! “時代最強の美少女”と一緒に歩いているなんて夢みたいで!」


 あかねの目がキラキラと輝く。

 あかねが完全にひよりのファンになってしまっている!


「こ、これで実力差が分かったでしょう! 私が一番可愛いんだから! お兄ちゃんもそう思うでしょう?」

「俺に話を振るな……」


 ひよりが再びあかねに悪態をついた。


 本当に今のこの姿をファンが見たらがっかりするだろうなぁ……。


 黙っていれば絶世の美少女。

 口を開けばゴリラ、もといただのひより。


 あかねと出会うまではここまで残念感はなかったはずなんだけど……。


「ところであんた、お兄ちゃんともうキスはしたの?」


 急にひよりがあかねにそんな質問をしてきた。


「まだしてませんけど……だって付き合い始めたばかりだし……」

「ふんっ」


 ひよりの顔があからさまに嬉しそうに緩んだ。

 逆にあかねは恥ずかしそうに目を伏せてしまった。


「じゃあお兄ちゃんと今日キスして見せるから」

「はい?」

「この文化祭で! みーんなの目の前でお兄ちゃんとキスしてやるんだから!」

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