13.寝てから言ってください!

「す、好きって……」

「はぁ……! はぁ……!」


 ひよりが息を切らすくらい激昂している。


「なによ! あんたどこの誰よ!」


 ひよりの怒りの矛先は完全にあかねに向いていた!


「い、今村いまむらあかねです! 高校一年生の十五歳! 第三中学校出身で身長162cm、体重49.8kg、スリーサイズは79、56、87です!」


 聞いてない! 聞いてない!

 あかねがパニックって余計なところまで自己紹介している!


「ひ、ひよりどうした? とりあえず落ち着こう?」


 かくいう俺も軽いパニック状態だ。

 妹のこんな姿は初めて見た。


「ちょっとお尻大きいじゃん!」

「き、気にしているのであまり言わないでください……」

「で!? いつから付き合うことになったの!?」


 ひよりに怒鳴りつけられてあかねはしょんぼり落ち込んでしまった。

 ここに来るまでは憧れの人に会えるって喜んでいたのに。

 なんなら、サインを貰おうとコンビニで色紙まで用意していたのに。


「じ、実は今日からでして……」

「うぐっ……えぐっ……」

「えっ!?」


 あかねがひよりの言葉に答えると、ひよりの目から大粒の涙がこぼれ落ちてしまった。


「どうしたひより!? ちょっとおかしいぞ!」

「おかしくないもん……私のほうがお兄ちゃんのことをずっと前から……」


 ひよりがあかねのことを眼光鋭く睨みつけた!


「私のお兄ちゃんを寝取らないでよ!」

「ね、寝取りぃ!?」

「この尻でか女!」

「そ、それは言わないでよぉ!」


 今度はあかねが変な声を出している。


「ひよりやめろよ。初対面の人になに言ってるんだよ」

「うぐぅ……」


 ひよりの目からとめどなく涙が溢れ出ている。


 本当にどうしちゃったんだよ。

 せっかくあかねとなら友達になれるかなって思ったのに。


「一旦落ち着こう、な?」

「うぅ……えぐっ……」


 だ、ダメだ。

 ひよりが膝から崩れ落ちてしまった。

 えずくくらい泣き始めてしまった。


 ど、どうしてこうなった……?

 俺はまたひよりと一緒に学校に行きたかっただけなのに。

 それにひよりは今俺のことを好きって……?


「あ、あのぅ……」

「あっ」


 あかねが気まずそうに声を出した。


「ご、ごめんなあかね。なにがなんだか……」

「ねぇ? トオル君一つだけ聞いていい?」

「ん?」


 あかねの黒い瞳が俺のことをじっと見つめてきた。


「トオル君は彼女いないんだよね?」

「うん」

「じゃあ寝取りっておかしくない?」


 あかねの言葉に、ひよりの肩がぴくっと反応した。

 す、すごく嫌な予感がしてきたぞ。


「今、トオル君の正式な彼女は私だよね?」

「う、うん……」

「じゃあ私からトオル君を寝取ろうとしているのはひよりさんだよね?」


 あかねの一言に、ひよりが勢いよく顔をあげた!

 顔はもうぐちゃぐちゃになっている。


「あ゛ぁああああああ! あんた! 言うに事欠いて!」

「ひよりさん! 寝てから言ってください!」

「うわぁあああん!」


 ど、どうするんだよこれ……。

 いよいよ収集がつかなくなってきてしまった。


 


※※※




 寝取られとは――。


 恋人や配偶者が、他の異性と性的な関係を持つことを指す。基本的には、男性が女性を寝取ることを表現する場合に使用する。そして、女性が男性を寝取る場合は、「逆NTR」という表現が使われる。(weblio辞書、NTRの項目より)



 携帯でつい調べてしまった。


 俺とひよりは兄妹だから当然性的関係なんてないし、そもそもこの場合は逆NTRという言葉になるらしい。


「……」


 いやこの場合ってなんだよ。


「わー! この唐揚げとても美味しそうです!」

「あんたのために作ったんじゃないし……」


 さすがにあかねをそのまま帰すわけにもいかないので、家にあがってもらうことにした。


 ……キッチンには何故か二人ではとても食べきれない量のごちそうが並んでいる。

 

「ひよりもそう言わずにさ。せっかくだからあかねにも食べていってもらったら?」

「ぐすっ……ぐすっ……」


 ひよりがまた泣き始めてしまった。


「私のお兄ちゃんが……こんなどこの馬の骨とも知らないやつに……」

「さっき自己紹介したじゃないですか! それに別にひよりさんを困らせたかったわけでは……」

「じゃあなにしにきたのよ……」

「文化祭の最終日はひよりさんと一緒に回りたいってトオル君が言うから――」

「うぅ……私がお兄ちゃんの名前を呼ぶはずだったのに……!」


 会話になってない!

 出会ってから三秒でひよりがあかねを敵視している。


「いや、ひよりも同性の友達がいたら学校に来やすいかなって思ってさ」

「行くつもりだったもん」

「え?」

「明日から学校に行くつもりだったもん!」

「そ、そうなのか!?」


 ひよりが涙をぬぐいながら俺にそう言ってきた。


「じゃあ明日は三人で回ろうな!」

「うぅううう……」


 一応頷いてはいたが、ひよりの顔は一切合切納得した顔はしていなかった。


 


※※※




「疲れた……」


 ひよりとあかねと夜ご飯を食べて、ようやく自分の部屋に戻ってきた。


あかね、大丈夫かな……」

 

 今は夜の八時くらい。


 あかねが帰ってから大体一時間が経とうとしていた。


 まさか付き合った初日にこんなことになるとは思いもしなかった。


 あいつ最後まで気まずそうにしていたな……。

 家まで送るとは言ったが、今日はひよりの傍にいてあげたほういいと言って一人で帰ってしまった。


(本当に悪いことしちゃったな……)


 記者の取材に巻き込み、家のごたごたにも巻き込んでしまった。

 明日はちゃんと謝らないと……初めてできた彼女だし……。


 ……。


 ……。


 ひよりは一体どうしてしまったのだろう。

 どちらかといえば人見知りをするほうだったのに。



(「私のほうが先に好きになったのにぃいい!」)



 ……あの言葉は兄妹としてってことだよな?

 でも、あの様子はどう見ても――。



コンコン



 そんなことを考えていたら、部屋の扉がノックされた。

 この家には二人しかいないので、どう考えてもひよりだろう。

 俺もひよりと話さないといけないと思っていたので丁度良かった。

 

「ひより?」

「お兄ちゃん……入ってもいい……?」

「うん」


 ひよりの言葉に返事をすると、ひよりは何故か忍び足で俺の部屋に入ってきた。

 可愛いふりふりの白いパジャマを着ている。


「きょ、今日はごめんなさい!」

「……本当にどうしたんだよ。そんなにあいつが気に入らなかったのか?」

「そういうわけでは……」

「いきなり連れてきた俺も悪いけど、初対面の人にあの態度は良くないんじゃないかな」

「だ、だからごめんなさいって!」


 ひよりの目元は、泣きすぎて腫れぼったくなっていた。

 な、なんでそこまで泣く必要があるのかなぁ。


「それでどうしたの?」

「そ、その今日は一緒に寝たいなって……」

「え?」

「きょ、今日はお兄ちゃんと一緒に寝たいなって思って……」


 ひよりがゆっくりと俺のベッドに腰をかけてきた。

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