9.付き合うと付き合う

「なぁ、明日もやっぱり文化祭に来ないのか?」

「やだよ、お兄ちゃんがミスコンに出る高校になんて絶対に行きたくない」


 文化祭初日の夜、俺はひよりに今日の話をした。

 今日もひよりは夜ご飯を作って待ってくれていた。


「みんな私たちのことそういう目で見てるんだ」

「まぁ、そうかもだけど……」


 しかし! 今日の夜ご飯は、味噌汁と納豆と味付け海苔!


 実にシンプルなメニューだ!

 俺、納豆好きだから文句ないけどね!


 でも、このメニューだということはひよりの機嫌はかなり悪いらしい……。


「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。まさか自分からミスコンに出るなんて」


 いや、俺がミスコンに出た理由は――。

 まぁ、これはわざわざ言わなくていいか。


「多分、お前が思っているよりも普通の子しかいないと思うよ」

「え?」

「前の学校みたいなことにはならないと思うな。もっと打算なく付き合える人しかいないんじゃないかな」


 今日の今村いまむらあかねの様子を思い出す。


 今までは自分の損得しか考えない人が俺たちに近づいてきたけど、今日のあいつは違うんじゃないかなぁと思った。


 あの涙にきっと嘘はない。


 もしあれが演技だったら、元天才子役もびっくりの千両役者だ。


「お兄ちゃん、今日なにかあった?」

「え?」

「ちょっと嬉しそうな顔してる」

「そんなことないけど……」


 ひよりが訝し気に俺のことを見つめる。


「きっと悪いヤツばっかりじゃないよ。ひよりも学校に来れば分かるって!」

「うーん……。でも私、お兄ちゃん以外でそういう人に出会ったことないし」

「そう言わずにさ」

「……もしお兄ちゃんがそういう人と付き合えるなら私も頑張ろうかなぁ」


 ……。


 ……。


 かぁ。


 人間不信気味のひよりを動かすには、まず俺がお手本になれるように頑張らないといけないのかもしれない。


 


※※※




文化祭二日目



 諸泉もろいずみ高校文化祭は計三日間行われる。


 一日目はミスコンや演奏会などの催し物がメイン。

 二日目、三日目は各クラスでやる模擬店がメインだ。


あかね、良かったら俺と一緒に文化祭回らない?」

「へ!?」


 茜が変な声を出している。


 俺は真っ先に今村いまむらあかねに声をかけることにした。


 うちの学校の文化祭は二年生・三年生がメインになって模擬店を出す。


 入学したばかりの一年生は、来年のためにフリータイムで文化祭を回って勉強しなさいというスタンスらしい。


 朝のホームルームを終えると早速自由時間だ。


「ど、どどどどうしたの!?」

「なんだよその反応」

「だって片岡かたおか君から話しかけてくるの初めてじゃない!? それに名前で呼ばれるなんて……」

「昨日そう呼ぶって言ったじゃん。俺、まだこの学校じゃ友達いないから付き合ってよ」

「そ、それはいいけど……」


 あかねの顔が名前の通り真っ赤になっている。

 目元はちょっと腫れぼったくなっていた。


「実は妹を誘ったんだけどフラれちゃってさ」

「ひよりちゃん?」

「うん。というかあかねはひよりのこと知ってるんだ」

「界隈じゃ超有名人だから……」


 あかねが何故か挙動不審になっている。


 クラスメイト達からは大きなひそひそ話が聞こえてきた。



「クラス一とクラス二の美少女が話をしている……」


片岡かたおかの昨日の姿はやばいよなぁ。俺、あいつなら男でもいけるかも」



 クソほど気持ち悪い声が聞こえてきた!

 その噂話にあかねが本当に悔しそうな顔をしている。


「気にすんなって! どうせお前はもう二番目なんだから!」

「な、なんでそういうことを言うかなぁ! 私、落ち込んでいるんだけど!」

「いいから少し歩こうよ」

「あっ」


 このままクラスにいたら話が全然進まない! 

 こうなったら強制執行だ!


 俺はあかねの手を引っ張ることにした。


 


※※※




「やべー! 昨日のミスコンの優勝者と準優勝者が歩いている!」


「お似合いすぎてやばいって! というか百合?」


「やだ……尊い……」



 今村いまむらが、俺の後ろを顔を伏せて一歩下がってついてくる

 ものすごく恥ずかしそうだ。


「お前って意外にこういうのに慣れてないのな……」

「ぎゃ、逆に片岡かたおか君が慣れ過ぎてるだけだって!」

「元クラス一位の美少女のくせに」

「いちいち棘があるなぁもう! だから私なんて普通だって言ったじゃん!」


 あかねが頬を膨らませながら、ようやく早歩きで俺の隣までやってきた。


「でも、そういうところはうちの妹に似てるよ」

「えっ? そうなの?」

「うん」


 俺がそう言うと、急にあかねがものすごく真面目な顔つきになってしまった。


「あの、一つだけ聞いていい?」

「ん? なんだよ?」

「どうしてひよりちゃんは学校に来ないのかな?」

「中学の頃、ちゃんと友達ができなかったから。ただそれだけ」

「え?」

「だから全然普通だよ。あかねと同じで」


 俺の言葉に、あかねが意外そうな顔をしている。

 長いまつ毛を何度もぱちくりさせている。


「時代最強の美少女が?」

「誰がそれ言い始めたんだか……。家では布団大好きっ子なのに」

「あのひよりちゃんが?」

「そうだよ。機嫌が悪いと、晩御飯は納豆になっちゃうし」

「えー! ちょっと親近感わいちゃうなぁ!」

「良かったら友達になってやってよ。普通同士でさ」

「……もしかして片岡かたおか君って意地悪?」


 あかねがムッとした顔になった。

 からかうと、すぐにそういう表情になるところもちょっとひよりに似てるかも。


とおる

「え?」

「名前で呼ぶって言ったじゃん。俺だけ呼んでると恥ずかしいじゃんか」

片岡かたおか君にも恥ずかしいことがあるの?」

「山ほどある!」

「ぷっ」


 こいつは俺のことをなんだと思っているのか!

 なんなら昨日のミスコンも恥ずかしさしかねーよ!


「あはははは! 分かった! じゃあトオル君って呼ぶね!」


 あかねが本当に楽しそうに吹き出してしまった。


「笑われているのがムカつくんだけど」

「トオル君だって散々私のこと馬鹿にしたじゃん」

「馬鹿にはしてない」


 固かったあかねの表情がようやく崩れてくれた。


(なんだよ。笑ってるほうが可愛いじゃん)


 こうして、俺は今村いまむらあかねと一緒に文化祭を回ることになった。






 ――この日の午後、まさかあかねことになるとはこの段階では思っていなかった。

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